097 拘束の難しさ
「気になる? やっぱり気になる?」
俺がニヤニヤしながら言うと、リカがテーブルの下で仕掛けてきた。
これまでと違ってすねを蹴るのではなく、つま先で俺の脚を撫でてくる。
すねに始まり、すーっと上がって、太ももに達したところで止まった。
リカの足がスッと離れていく。
「え? 終わり!? 今からいいところだったのに!」
俺が声を荒げると、ミオと相良が驚いたように俺を見た。
「……何が終わり?」
ミオが首をかしげる。
佐伯と戸塚も不思議そうにしていた。
「吉岡くん、満足したでしょ? 早く続きを話してもらえる?」
リカは腕を組み、余裕ありげに笑っている。
いつの間にか前のめりではなくなっていた。
「リカ、何かしたのか?」
相良が眉をひそめる。
「焦らすからおしおきをしたのよ」
「吉岡くんは喜んでいるようだが?」
「詮索は男らしくないわよ」
相良は黙り込み、なぜか俺を睨んだ。
「では、話を続けよう!」
気を取り直して、俺は説明を再開した。
「俺が最初に技能を選ぶとしたら、『円環から出られた場合』を想定して考えるかな」
「円環から出られた場合? ついさっきまで、円環に留める方法に全神経を注ぐとか言ってたのに?」
「そうだよ。そこが俺とリカの違いだ。リカは動きを止めることで相手を留めようとするだろ? 俺は相手が『出たくない』と思える状況を作ることで留めようとする。自分の視点で言い換えるなら、『敵が円環から出ても、こちらが損しないもの』を重視する」
「つまり、吉岡くんは【紅蓮の審判】が決まらなかった場合の損失を減らす方向で考えているわけですね」
何食わぬ顔で会話に入ってきた佐伯に対し、俺は「そういうこと!」と頷いた。
「【紅蓮の審判】の円環が設置されると、敵はダメージを避けるため円環から離れようとする。この時点で、こちらは敵を動かすことに成功している。なら、次に打つ手は離れようとした敵に対する一撃だ。強引に拘束して円環で焼ききるのも悪くないが、『円環の中で死ぬか、それとも円環から出て死ぬか』という二択を与えるほうがこちらも戦いやすいだろ?」
リカは真剣な顔で「たしかに」と頷き、右手で自分の顎をつまむ。
「今まで、そういう考え方をしたことはなかったわね。どうやって円環内に敵を固定するか……そればかり考えていたわ」
「それができれば理想だから、最初にその点を考えるのは妥当だと思うよ。ただ、円環のサイズが半径1mしかない以上、拘束して留めるのには限界がある。そのうえ、スキルの性質上、使うならもっぱらボス戦になるでしょ。なおさら拘束などの方法をメインにするのは難しい。全てのボスを簡単に拘束できるなら、拘束系の技能はもっと話題に上がっているはずだ」
「吉岡くんの推測は正しい。黒瀬の【シャドウ・チェイン】も効果時間は最大2分だが、同格のボスには20秒程度しかもたない」
相良が言うと、佐伯が即座に口を開いた。
「補足しますと、黒瀬さんの【シャドウ・チェイン】で生み出した鎖には、レベル差補正が適用されます。相良さんの言った『同格』とは、レベル差補正がない状態を指します。レベル差補正のある格上の場合、拘束時間は20秒より短くなります」
俺は「なるほど」と言うと、リカを見た。
「残念ながら俺は技能に詳しくない。だから、具体的な技能名を挙げてオススメすることはできない。しかし、教本店には数え切れないほどの技能が存在している。探せば何かしらあるはずだ」
「そうね。円環から出られた場合に備えた技能という選び方なら、選択の幅が広がると思うわ。ありがとう、吉岡くん。相談してよかったわ」
リカは満足げに笑うと、またしてもテーブルの下で仕掛けてきた。
今度は先ほどより長く、俺の太ももを足で撫でる。
しかも、今回は限界ぎりぎりまで攻めていた。
「今のはおしおきじゃなくてお礼よ」
「おほっほっほ! 焦らしてくれるねぇ! ますます君のお尻をペンペンしたくなった!」
「病的な変態ね」
そう言いつつ、リカは愉快げに笑う。
相良はモヤモヤした様子で、俺たちのやり取りを眺めていた。
それを見て、リカが笑みを浮かべる。
「相良、顔に出ているわよ」
「出ていない」
「代表がそんなのでどうするの」
「どうもしない」
相良は明らかに拗ねていた。
わかりやすい男だ。
からかうと面白そうだが、後が怖いのでやめておこう。
「そんなわけでリカ、今日は教本を選ぶように!」
「そうしたいけど、教本選びは明日ね。このあと防具を更新する予定だから」
「相良隊は、全員が防具を更新する予定だ」
相良が言うと、佐伯が「記録しておきます」と手帳を取り出した。
さすがは【アンチテーゼ】が誇る歩くデータベースだ。
「戸塚隊はまだお金が貯まっていないため、装備の更新予定はありません」
そう言って、佐伯はアヤたちの席を見た。
「私も防具を更新します。霧島さん、宮坂くん、梶原くんは何も買わないと思います」
最初に言ったのはスミレだ。
「サキ隊は私と早川だけEランクの防具に更新する予定だよ。サキとユズはすでに更新済み」
「吉岡先輩! これで俺も武器・防具ともEランクになります!」
早川が声を弾ませる。
「俺よりハーレムを満喫している一年ボーイは伊達じゃないな! ちなみに、俺もこのあと防具を更新予定だ! 金銭的にはだいぶきついが、防具を下取りに出せばギリギリ宿泊代と明日の朝飯代は足りる!」
「限界まで使いすぎよ、吉岡くん」
「効率的な投資を惜しまない男なんだ」
俺がウインクすると、リカは「はいはい」と笑って流した。
だが、その直後――。
「いや、待てよ。もしかすると100Gくらい不足するかも!」
俺のガバガバ脳内計算機がサイレンを鳴らしている。
「吉岡くん、現在の所持金はいくらですか?」
「12,087G!」
「Fランク防具の下取り額は2,400Gで、Eランク防具の価格は12,800Gです。防具の更新を済ませたあと、吉岡くんの所持金は1,687Gになります。一般個室宿の折半1,400Gと朝食のシンプルセット350Gの合計1,750Gに対して63G不足します」
「ダメじゃん! 防具の更新ができない! オーノー!」
「限界を超えているじゃないの。なら、100Gだけ貸してあげるわ。明日、報告会の時にでも返しなさい」
リカが呆れたように笑う。
「いや、カネは借りねぇ! 明日はFランク防具でいく! 問題ねぇ! リカ、気持ちだけ受け取っておくぜ!」
「わかったわ。今度から、もう少し余裕を持ちなさい」
「肝に銘じよう! どうせ忘れるけどな!」
「では、相良さん、リカさん、黒瀬さん、アヤさん、スミレさん、ナナさん、三船くん、早川くんが防具を更新するわけですね。ミオさんも防具を更新するということでよろしいですか?」
佐伯が確認すると、ミオは少し悩んでから首を振った。
「……しない。私は技能を覚えたい」
「おお! ミオ、技能に目を付けるとは偉いぞ! リカおばさんは防具を先に選ぶと言っていたが、技能を優先するのは正解だ!」
「誰がおばさんよ。それに、私が防具を優先したのは、たとえ今日買っても明日は訓練できないからよ。相良隊はもう明日の予定を組み終わっているわ。だから、技能の訓練をするなら明後日以降になるのよ」
「いつの間に明日の予定を!?」
「大人でしょ?」
リカが見せつけるように髪を掻き上げ、脚を組み直す。
「ほほぉ! 大人、イイ!」
俺は鼻息をフガフガさせて興奮する。
「……吉岡くん、今日は私の日。リカも、ダメ」
ミオが俺の服を引っ張った。
「すまない、ミオ! 色香に惑わされていた!」
リカも笑いつつ「反省するわ」と頭を下げた。
「……いい。話を聞いているのも、楽しいから。でも、今日は話したい」
戸塚が「ミオ……」と呟いて目を伏せる。
「では話そう! ミオ、どうして技能に目を付けたんだ? 何か気になるものがあるのかい?」
「……今は何も。でも、吉岡くんとリカの話を聞いていて、技能を覚えたくなった」
「それに今日は俺の戦い方も見たもんな! 魔法と戦技を最大限生かした最高にカッコイイ戦闘を!」
「それもある。吉岡くんの戦い方、すごかった」
「だが、ミオもすごかったぞ! その小柄な体で、リカと同じような剣を振り回していたんだ。敵だって倒していたし、可愛くて強かったぞ!」
「……可愛くはない」
「可愛いさ! 物静かな雰囲気! 白銀の長い髪! 美味しいと頬を緩める瞬間! さっきの『今日は私の日』って自己主張するところもよかったぞ!」
俺が迷わず返すと、ミオは少し笑った。
「……可愛い理由になっていない気がする」
「でも可愛いものは可愛い! 細かいことは気にするな! さて、どんな技能にするか決まっていないんだよな! ならば、このあとは俺と一緒に教本店を見て回ろう!」
「……うん。リカのときみたいに、アドバイスしてほしい。私に合った技能」
「いいだろう! んじゃ、俺とミオは教本店デートをしてくる!」
ここまでは全体的に温かい雰囲気に包まれていた。
リカは笑みを浮かべ、相良と佐伯も穏やかな表情をしている。
早川、アヤ、スミレも同様だ。
しかし――。
「もちろん、デートのあとは一般個室宿でイチャイチャだ! たっぷり語り合おうぜ!」
この発言によって、ムードが一変した。
「吉岡、それは違う」
ここまで静かだった戸塚が立ち上がった。




