092 戸塚ユウゴ
戸塚の怒った表情を見て、場が冷え込んだ。
「戸塚、そう怖い顔をしないでくれ。どういうことかを報告するのが報告会だろ? まずはミオの報告を聞いたらいかがかな?」
俺が言うと、ミオが即座に続いた。
「……ユウゴは誤解してる。第5に行ったのは、私の希望」
「本当なのか?」
戸塚が信じられない様子でミオを見る。
「本当。吉岡くんは、第2に行こうとしていた」
「じゃあ、リカが正解だったってこと!?」
ユズが声を上げ、リカが「ふふん」と髪を掻き上げる。
サキは「今は静かにしておこうねー」とユズの口を押さえた。
「ミオ、最初から説明してくれ」
戸塚が言うと、ミオは「そのつもり」と頷いた。
「……第1に入ってすぐ、吉岡くんが【サイレンス・ドーム】の新しい使い方を提案して、その検証をした」
「検証ですか」と反応したのは佐伯だ。
戸塚は黙って聞いている。
「急に音が消えると、びっくりする。だから、待ち伏せしている敵に有効かもしれないって」
「吉岡くんが考えそうなことだわ」とサキが笑う。
ユズも何か言っているが、サキに口を押さえられているため話せない。
彼女から聞こえてくるのはモゴモゴという音だけだ。
「……結果は成功だった。そのあと、吉岡くんの新しい魔法〈デコイ〉も検証した」
「また検証ですか」
佐伯がテーブルに身を乗り出す。
「〈デコイ〉について簡単に説明すると、人間そっくりの囮を出せる魔法だ! レジェンド級になると3体出せて、動かせるようになる!」
魔法の説明だけは、俺が自分でした。
「それは検証しがいがありますね。どういう検証をされたのですか?」
相良が何も言わずに佐伯を見る。
しかし、佐伯の目は俺とミオに釘付けだ。
「……走らせたり、武器を使えるか試したり、背負い袋を持たせたり」
「それで吉岡くんが背負い袋を持っているのね」とリカ。
「差し支えなければ、もう少し詳しく――」
「佐伯、今だけは控えてほしい」
相良が困ったように言うと、佐伯はハッとした。
メガネをくいっと上げて、「失礼しました」と体を引く。
「……簡単な検証が終わった後、移動を再開した。吉岡くんは、戦いながら検証を続けた。私は、【サイレンス・ドーム】を試した」
ミオの口から「検証」というワードが出るたび、佐伯がうずうずする。
それでも、彼は物わかりがいいので黙っていた。
そして、戸塚もまた、今のところ静かに耳を傾けている。
表情は依然として複雑そうだ。
「……最初の検証の時に、吉岡くんが〈デコイ〉の囮に名前を付けた。太郎、次郎、三郎」
サキ、ユズ、リカが吹き出した。
ナナとカホも笑っている。
「それから串焼き。太郎たちも一緒に串打ちした。私もした。楽しかった」
「吉岡くんの囮は串打ちができるわけですか」
佐伯は辛うじてそこで止まった。
続けて何か尋ねたそうにしているが、必死に我慢している。
「……串焼きを食べながら、色々話した」
ここで初めて、戸塚が「色々?」と口を開いた。
「……うん。色々。内容は、私と吉岡くんの秘密」
「秘密にするような話だったのか」
戸塚が追撃する。
「……わからないけど、他の人には言いたくない」
こう言われたら、戸塚は何も言えない。
ただ「そうか」とだけ言った。
「ミオが秘密にした以上、俺も秘密にする! 俺から聞こうとしないように!」
相良が「そうだな」と頷いた。
「……その後、ギルドに戻って、私が第4か第5に行きたいって言った」
「なら、第5を選んだのは吉岡ってことか」
「最終的に決定したのは俺だ」と俺は認める。
「……でも、私が『できれば第5がいい』って言った。吉岡くんは、止めようとしてた」
「ちょっと待って! 吉岡くんが止めようとしたの!?」
ユズがサキの手を振り払って言った。
カホも驚きの表情で目をぱちくりさせている。
「……止めようとしてたというのは、少し語弊があるかも。正確には、難色を示していた」
「そりゃあ、難色を示すだろ! 第5は明らかに難易度が高いからな! 第4までとは比較にならないぜ!」
「ミオは、どうして第5に行きたがったんだ?」
戸塚が尋ねると、ミオはしばらく沈黙した。
どう言おうか悩んだ様子だったが、最終的には正直に答えた。
「吉岡隊や霧島隊が見てる最前線の世界を、私も見てみたかった。ユウゴといる時には、見られない景色だから」
「ミオ……」
戸塚が目を伏せる。
他のメンバーも、完全に静まりかえった。
「俺は安全ばかり考えすぎたのか」
今のは戸塚の独り言だ。
しかし、ミオはそれに返事した。
「ユウゴの安全志向が嫌なわけじゃない。ただ、知らない景色が見たかった」
「……言ってくれたら、第5にだって行ったのに」
「それは、違うと思う」
「違うのか……?」
「……ユウゴには、ユウゴの良さがある。それは、大事にしてほしい」
戸塚は暗い顔で「そうか」とだけ言って目を伏せた。
「そのあと――」
ミオが話していると、霧島隊が帰ってきた。
それによって、一時的に報告が止まる。
「すみません、遅くなりました」
スミレが頭を下げる。
「問題ない。遅くなったのは治療所に寄っていたからか?」
相良が尋ねると、スミレは「いえ」と首を振った。
「治療所には寄っていません。怪我はしていません。精算を済ませて、その足で来ました」
スミレの報告を聞く限り、良い戦果だったように思える。
しかし、向かいに座った霧島隊の様子からは、とてもそう思えない。
霧島と宮坂は不機嫌そうに黙りこくっている。
一方、梶原は「もうクタクタだわー、現実きついわー」と軽口を叩いている。
その様子から察するに、深刻な問題があったわけではないようだ。
事態が深刻なら、梶原は無言で俯いている。
だからこそ、余計に気になった。
彼らの持ち帰った戦果がどういうものなのか、現時点では全く予想できない。
「ミオの報告の最中なんだけど、一つだけ教えてくれないか? 何があったんだ? 明らかに何かあったよな? だって霧島と宮坂、めっちゃ機嫌悪そうだもん! それに上機嫌なら、スミレじゃなくて霧島がペチャクチャ喋ってるだろ?」
俺はニヤニヤしながらスミレを見た。
他の視線もスミレに注がれる。
「それは……」
「スミレ、まずは座ったらどうだ?」
宮坂が言った。
「そうですね」
スミレが俺のほうへ来ようとする。
即座に宮坂が「そっちじゃない」と言った。
それは正しいのかもしれない。
どの隊も、隊ごとに固まって座っているのだから。
しかし、言い方がよろしくなかった。
スミレはカチンと来たようで、宮坂を睨んだ。
「私がどこに座るかは、私が決めます。宮坂くんが決めることではありません」
「……すまん」
スミレは「いえ」と言い、霧島隊のほうへ向かう。
しかし、宮坂の隣ではなく、梶原の隣に座った。
「なんでそっちなんだよ……」
宮坂が不満そうにするが、それ以上は言えなかった。
「で、霧島隊は何があったんだよ。長くなるならミオの報告が終わってからでいいけど、一言で話せる内容ならそこだけ教えてもらうことはできないか? 気になって仕方ないんだ」
俺が言うと、霧島とスミレが別々の言葉を口にした。
「長くなる。ミオの報告を先に済ませろ」と霧島。
「一言で話せる内容です」とスミレ。
スミレは霧島を見た後、「失礼しました」と頭を下げた。
霧島が隊長なのに出しゃばってしまったと思ったのだろう。
霧島は怒っておらず「いや、いい」とだけ言った。
「……報告、再開する。どこまで話したか忘れたから、第5に入ったところから話す」
ミオが話し始めようとすると、霧島が「待て」と言い出した。
「第5に行ったのか?」
「おい! 戸塚の次は霧島かよ! そうだよ、第5に行ったんだ! そのやり取りはもう終わった! 俺とミオは第1のあと第5に行った! 今は第5に着いてからの――」
「第5に入ってからどうしたんだ? ボスは倒せたのか? 敵の配置はどうだった? 詳しく聞かせてくれ」
霧島が俺を無視してミオを見つめる。
検証ワードに反応中の佐伯よりもさらに、テーブルに身を乗り出していた。
俺は「そういうことか」と納得した。
「……霧島、今から話すところだから」
ミオは淡々と第5での活動内容を報告した。
「ボスまで倒したのか」
報告が終わると、霧島はそれだけ言った。
「ミオ、すごいな……」
戸塚は複雑な表情でミオを見つめる。
「……怖かった。大変だった。でも、頑張った。今日は、活躍できた」
そう言ったミオの表情は、本当に誇らしげだった。
「それだけ活躍したら文句ないわね」とリカ。
「でも、俺はやっぱり、吉岡先輩はさすがだと思いました! 第5のウォーロードに【サイレンス・ドーム】を当てる案、完璧っす! 炙り出しにドームを使う案もそうですし、そういう柔軟な発想を俺も身につけたいです!」
早川が大興奮で捲し立てると、アヤがニヤニヤ笑った。
「早川の場合、柔軟さが全くないもんね」
「仕方ないじゃないっすか! でも、俺だって頑張ってますから!」
「まあ、頑張ってるのは認めてあげる。今日も怪我しなかったし」
「アヤ先輩……!」
二人の仲睦まじいやり取りによって場が和らぐ。
「そんなわけで、我が吉岡隊はミオの大活躍によって第1・第5を全8だ! 隊員も無事! 最高の滑り出しと言えよう!」
「吉岡先輩、ミオ先輩、お疲れ様です!」とナナが拍手する。
ミオは「ありがとう」と嬉しそうに笑った。
「次の報告は霧島隊でいいよな!? ぶっちゃけ俺にはそこそこ結果が読めてるんだけど! いいよな!?」
俺は霧島と相良を交互に見た。
相良は「かまわない」と頷いた。
「俺も問題ねえよ。どうせ言うしかねえんだ。さっさと済ませる」
霧島が面白くなさそうに言う。
そして、俺が予想していたとおりの戦果を述べた。
「俺たち霧島隊は……第4全8、第5は攻略失敗だ」




