087 ミオとの会話
「不安? 何が不安だったんだ?」
俺が聞き返すと、ミオは頷いた。
「……いっぱいある。戦闘で足を引っ張らないか、退屈させないか、嫌われないか。そういう不安」
「嫌われるとしたら俺のほうだろう! もっとも、今回は大成功だったけどな!」
笑いつつ、俺はミオとの距離を少し詰めた。
拳三つ分ほど離れていた距離が、拳二つ分になる。
「……吉岡くんのこと、嫌いじゃない。うるさいけど、見ていて楽しいから」
「うるさいのではない、賑やかなのだ! お祭り男だからな! わっはっは!」
「……そういうとこ。大声で喋り、豪快に笑う。すごい」
「すごいか?」
俺はさらに拳一つ分、距離を詰めた。
ミオは一瞬、俺の目を見てから、「すごい」と頷く。
「……怖くないの? 嫌われないかとか」
「怖いさ! 怖い怖い! 嫌われないかって不安は常にあるよ!」
「そんな風には、見えないけど」
ミオが驚いた様子で俺を見た。
「俺だって人間だから、派手に振る舞うことのリスクは感じるよ! それに、俺って輪の中心にいたがるでしょ? 俺たちのユウゴみたいに、隅で静かに過ごすことができないタイプだ」
「うん」
「でもさ、完全に嫌われたら、輪の中心にはいられないわけだ。好きの反対は嫌いじゃなくて無関心って言うけど、まさにそれだよ。霧島とか宮坂は俺に攻撃的だし、実際に嫌ってはいるけど、それでも、度合いで言えば嫌い度100%ってわけじゃないと思うんだ。100%全力で嫌ってるなら、そもそも無視しているはずだ。俺の推測だけどね」
「……当たってると思う。霧島は、たぶんそう。嫌い度100%なら、競おうとしない」
「でしょ? 大声で喋って、豪快に笑って、イイ女に手を出しまくって、さらに男子を煽るんだ。一歩間違えれば完全に嫌われてしまう。それは嫌だ。でも、輪の中心にはいたいし、好き放題したい。そんな気持ちの狭間にいるのだから、不安は常につきまとっているよ」
「……知らなかった。吉岡くんも、不安だったんだ」
俺はさらに距離を詰めた。
ミオと肩が触れる。
最後の串焼きは、ミオが食べた。
「昨日、霧島と佐伯さんが少し揉めた時に、佐伯さんが『吉岡くんは命令しない。お願いする』みたいなこと言ってたじゃん?」
「うん」
「あれもね、佐伯さんが言うまで自覚していなかったんだけど、嫌われたくない思いや不安から来ているんだと思う。本当に不安がなくて、嫌われることとか考えていないなら、俺も霧島みたいに命令していたと思うんだ」
「……そっか」
「まあ、仮定の話だし、実際のところはわからないけどな」
そう言って笑うと、俺はミオの肩に腕を回した。
ミオは体をビクッと跳ねさせたが、俺の手を振り払おうとはしない。
「……距離、近い」
「嫌かい?」
「……大丈夫」
「それは嫌かどうかの答えにはなっていないなぁ」
俺はニコニコしながらミオの顔を覗き込む。
ミオは俺の目をじっと見つめたあと、小さな声で呟いた。
「嫌じゃない」
「ならオッケーだ!」
「……ポジティブ」
「不安だからってネガティブにはならないさ! 限界まで踏み込む男、それが俺だ!」
「……もし、うっかり限界を超えて踏み込んだら、どうするの?」
「その時は謝る! マッハで謝る! シューマッハより速い! シューマッハはわかる? F1!」
「……バリチェロなら知ってる」
「ならシューマッハもわかるだろ!」
ミオが「ふふ」と笑った。
「……吉岡くん、F1が好きなの?」
「俺じゃなくて親父が好きなんだ。俺はさっぱりわからない。あと、親父はたぶんF1そのものより、シューマッハとバリチェロのツートップだった時代のフェラーリが好きなんだと思う。その頃のレースばっかりビデオで観てるし」
「そうなんだ」
「ミオはどうなの? バリチェロを知ってるなら、かなりのF1好きなのかな?」
俺はさりげなくミオの肩をゆっくりとこちら側に引いた。
ミオの体が俺にもたれかかる。
ミオは気にしていなかった。
「……F1は、好きでも嫌いでもない。観たことないから」
「なのにバリチェロを知ってるの? 読んでいる本に出てきたのかな?」
「……そう。なんでわかったの?」
「だって、大学じゃ図書館によくいたじゃん! 隅っこの席で、よく本を読んでたでしょ?」
「……知ってたんだ。びっくりした」
「誓って言うが、ストーキングしていたわけじゃないぞ! 俺はイイ女がいるところに引き寄せられるし、イイ女のことはよく覚えている!」
「別に、疑ってないよ。吉岡くん、大学だと、いつも色んな女子を取っ替え引っ替えしてたから」
「取っ替え引っ替えだなんてひどいなぁ! でも事実だ! 否定はしない! 隠すまでもなく、俺は好色な男だ! ハーレムランド計画を本気で考えている!」
「……言わずにこっそり進めないと、失敗すると思う」
「それを成功させてこそのレジェンド吉岡だ! それに、言わずにこっそりはダメだ」
後半は真剣なトーンで言った。
ミオは驚いた様子で「なんでダメなの?」と俺を見る。
「言わずにこっそりは不誠実だからな! 不誠実は良くない! 俺は誠実でいたいんだ!」
俺は笑いながら言った。
「ハーレムランド計画は誠実なんだ?」
「そりゃあ誠実だ! そこは、俺と佐伯さんが大好きな定義の話だ!」
俺はしたり顔で左の人差し指を立てて解説する。
「俺にとっての誠実さというのは、要するにこっそりしないことだ! 例えば『俺はハーレムランドを計画する! イイ女を手当たり次第に口説く!』とか、『俺はイイ女を口説きまくってもいいけど、俺に口説かれたイイ女が他の野郎とイチャイチャするのはダメ!』なんて滅茶苦茶なことでも、事前に言っていれば問題ない!」
「……後から変えられるのが嫌なんだ?」
「そうだ! 俺にとって言わずにこっそりってのは、言わば騙し討ちだ。騙し討ちは不誠実である!」
「……普通の人とは、少し定義が違いそう」
「では、次は『普通の人』の定義を決めるとしよう!」
「それは佐伯の仕事」とミオが笑う。
「たしかにそうだ!」
そう言って俺も笑う。
「……今日、一緒に過ごせてよかった。吉岡くんとのデート、大成功」
「うむ! しかし、まだ『一緒に過ごせてよかった』は早いかな!」
「……え?」
「俺の体内時計は正確だからわかるが、今はきっと13時45分前後だ。つまり、第2階層と第3階層を早足で攻略するくらいの余裕はある!」
「……まさかの、狩り」
「まさかではない! 狩りは大切だ! いっぱい喋り、ちょっといい雰囲気になった! このまま狩りをしなかった場合、俺はさらにいい雰囲気を作り、果てには君にキスし、調子に乗ってその辺に押し倒しかねない! そうならないためにも狩りだ!」
「……正直だね」
「それを俺は『誠実』と呼ぶ!」
ミオは小さく笑うと、上目遣いで俺を見た。
「……いいよ」
「狩りのことかい?」
「……それもだけど、キスのこと」
「え?」
俺は耳を疑った。
「……押し倒すのはダメ。でも、キスならいいよ。内緒にしてくれるなら」
ミオの顔が赤く染まっていく。
頬から始まり、耳や首筋も赤くなっていた。
「もちろん内緒にしよう! 二人きりの秘密というものだ! 俺は秘密を守る!」
「……なら、いい」
ミオが目をつむる。
経験豊かな男でなくとも、キス待ちだとわかる顔だ。
「ミオ……」
俺は名前を呼ぶと、彼女の唇にキスした。
ソフトと呼ぶには長く、ディープと呼ぶには短い口づけだ。
舌は絡めず、そっと離した。
「……頬の予定だったんだけど」
「それは失礼! 俺は唇にしていいものだと誤認していた!」
冗談っぽく言う俺だが、内心では焦っていた。
完璧に築き上げた好感度が大きく下がったのではないか、と。
「……今のは、冗談」
ミオが笑みを浮かべる。
「おいおい! そういう冗談は心臓に悪いからダメだろー! ちゃんと冗談の時は冗談って顔に書いておいてもらわないと!」
「書いていたつもりだけど、書いていなかった?」
「書いていたのかもしれないが、それ以上に俺が焦っていた!」
そう言うと、俺は立ち上がった。
「さて、戻ろう! 狩りの時間だ!」
「わかった」
ミオも立ち上がり、俺たちはポータルに向かう。
「それにしても、なんでキスしていいって言ってくれたの?」
「……お礼」
「お礼?」
「……楽しいデートにしてくれたお礼。あと、私のこと、よく見てくれていたお礼」
「要するに俺の魅力ってことだな!」
「……吉岡くん、わざとロマンチックなムードを壊してる?」
「あまりいい雰囲気になったら、狩りを忘れちまうからな! がっはっは!」
「……最低」
そう言いつつ、ミオは今までよりも笑っていた。




