085 サイレンス・ドームの活用法
「これは虫刺されです」
スミレがしれっと嘘をついた。
「そんなわけないだろ。それに昨日、吉岡がスミレの首に……見てたぞ」
宮坂は「キス」という言葉を避けた。
言いたくなかったのだろう。
「では、寝ている間にかきむしって腫れたことにしましょう」
「ではってなんだ! ではって!」
宮坂の声が大きくなる。
俺と梶原は顔を逸らし、「ぷぷぷ」と笑っていた。
ミオもこっそり笑っていた。
「どうだっていいだろ。俺たちの番だ。がたがた喚くな。行くぞ」
霧島が強引に話を打ち切り、受付に向かった。
「……スミレ、ああいうキャラだったんだ」
ミオがスミレの背中を眺めながら呟く。
「うむ、悪い子だ。俺も悪い子だけどね」
「……でも、今のスミレ、楽しそう。大学にいた時より、表情が自然」
「イイ女を楽しませるのが俺だからな! ミオも今日はたくさん楽しませてやろう!」
「……難しいと思う。私、話すの苦手」
「でも、好きだろ? 話すこと」
「……!」
ミオが驚いたように俺を見た。
「君はたしかに話すのが苦手だ。しかし、嫌いではない。苦手なのは、俺みたいにペラペラと口を動かすことだ。話すの自体は好きなんじゃないか……と、俺は思っている。ついでに言うと、他人に対する関心が強い!」
「……初めて言われた。どうしてそう思ったの?」
「そうでなければ俺とのデートを承諾するはずがないと思ったからだ!」
ここで受付嬢が「次の方、どうぞ」と俺たちを見る。
いつの間にか霧島隊の姿が見えなくなっていた。
「……変な理由。でも、当たってるかも」
「外れていようがかまわないさ! これから距離を縮めていくんだからな!」
俺たちは受付に行き、PT申請と討伐依頼の受注を済ませた。
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・[通常] Lv.1 青芽ネリュム:6体(180G)
・[通常] Lv.2 草角ラビット:5体(200G)
・[通常] Lv.3 青羽コッコ:4体(220G)
・[通常] Lv.4 若葉ウルフ:4体(240G)
・[通常] Lv.5 土くれゴブリン:3体(260G)
・[危険] Lv.5 大牙ボア:1体(300G)
・[危険] Lv.5 牙群れアルファウルフ:1体(400G)
・[ボス] Lv.7 草冠トロル:1体(700G)
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効率を求めるなら、複数階層の依頼を同時に受注すべきだ。
しかし、今日はミオとまったり活動すると決めている。
なので、あえて非効率的な方法を選んだ。
「あ、そうそう、あと、背負い袋をレンタルしたい!」
「承知しました」
受付嬢がカウンターの下から背負い袋を取り出した。
俺はそれを受け取ると、左肩に掛けた。
「……吉岡くん、大鎌を背負ってるのに背負い袋を持てるの?」
「今のところ半々だな!」
「……半々?」
ミオは事情が理解できていない様子だった。
◇
ポータルを抜け、第1階層の草原にやってきた。
見える範囲には敵がいない。
しかし、前方の草が不自然に揺れていた。
そういう怪しげな場所が何カ所もある。
「……敵。いる」
ミオが呟く。
「今回の配置は待ち伏せ型のようだ。ちょうどいい。ミオのスキルを試そう」
「……【サイレンス・ドーム】を使うの?」
ミオが驚いたように俺を見る。
「そうだ。ドームの半径は10mだから、設置場所は10mより少し先にしよう」
「……いいけど、なんで設置するの? 無音にするだけだよ」
「理由は二つある! 一つ目は、俺が実際にドームを見たいから! これは大きい。見たことのないスキルは戦力としてカウントしにくいからな! 二つ目は、俺の読みが正しければ、君のスキルは思ったより使えるはずだ」
「……二つ目の理由がよくわからない。でも、隊長は吉岡くん。私は従う」
ミオは細剣を抜くと、切っ先を前方に向けた。
「……【サイレンス・ドーム】」
次の瞬間、俺の指定した位置に大型のドームが現れた。
半透明の青黒いドームで、たしかに半径10mと大きい。
「……音を消すだけ。何もおきない」
そうミオは言ったが、実際は違っていた。
魔物たちが驚いた様子で茂みから出てきたのだ。
ネリュムがくるくるぴょんぴょん跳ね回っている。
ラビットとコッコも何が何やら分からず混乱していた。
「ビンゴ! やっぱり効果があったな!」
「……なんで? ラビットとコッコは動物だから、聴覚異常で混乱するのはわかるけど、ネリュムまで」
「単純だよ。俺ら人間ですら、動物ほどではないが聴覚に依存している。いきなり全てが無音になったら、それだけで異常を察知するものだ。不意打ちで無音空間に放り込まれたら、聴覚のある敵なら少なからず反応するさ。ネリュムも音を感知できるのだろう!」
「……なるほど」
「ミオ、これならスキルの使い道が広がるぞ! 第3階層のボス戦では、ボスの水武装をキャンセルするのに使っただろ? 今後は今みたいに待ち伏せくさい場所に設置して炙り出すのにも使えるぞ! 他にも、奇襲を仕掛ける際に使ってもいい。音を失った敵は一時的に慌てるだろうし、その隙を突いて攻撃することだって可能だ」
「……そんな使い方があったんだ。気づかなかった」
「ふっふっふ、さっそく俺と組んで良かったと思えただろ?」
「……うん。参考になった」
「これからもっと面白くなるぞー! まずは全8だ! そのあと串焼きを食うぞ! よーし、出陣!」
俺はその辺に背負い袋を投げ捨てると、大鎌を持って走り出した。
走る速度はミオに合わせた。
ドームに入ると、本当に全ての音が消えた。
それでも、俺はいつも通りに叫びながら武器を振り回した。
自分の声は聞こえないが、そんなものは関係ない。
大鎌を手足のように操り、慌てふためく敵を皆殺しにする。
ミオも見ているだけではなく、ちゃんと戦っていた。
端の敵から順に、隙の少ない小さな攻撃で着実に削って倒している。
スミレの二段突きと同じで、一手では仕留めない戦い方だ。
ミオの剣術も訓練所仕込みなのだろう。
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【戦闘結果ログ】
討伐:青芽ネリュム×6 / 草角ラビット×5 /
青羽コッコ×4
PT:2人 人数補正:90%
獲得:351G / 306EXP
所持金:1,757G → 2,108G
レベル:Lv.16 → Lv.17
経験値:1,113 → 129/1,370EXP
依頼進捗:青芽ネリュム討伐 6/6・達成
依頼進捗:草角ラビット討伐 5/5・達成
依頼進捗:青羽コッコ討伐 4/4・達成
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特に問題なく討伐を終えた。
ミオが【サイレンス・ドーム】を解除する。
「……倒した。吉岡くん、本当に強いね」
「本気を出せばもっと強いぜ!」
「……楽しみ」
ミオが小さく笑い、魔石を拾おうとする。
「ちょーっと待った! 今度は俺の検証タイムだ!」
俺が言うと、ミオの体がピタリと止まった。
「……検証?」
「おう! 補助魔導具からお察しのとおり、俺は昨日、Eランクの魔法を覚えた! 〈デコイ〉というものだ! 詳しい効果はあとで話すが、要するに動く人型の囮を3体出せるって魔法だ。そいつの検証をする!」
「……囮に魔石を拾わせるの?」
「イエス! だが、それだけじゃないぞ! 俺の借りてきた背負い袋に入れて運ばせる! 囮は3体出せるが、3体とも敵の的にする必要はない! 後方の安全担当も兼ねて、荷物持ち要員として使うのも悪くない!」
「……変わった発想。吉岡くんらしい」とミオが笑う。
「だろ! 見てな! さあ、いでよ! 我が下僕たち!」
俺は〈デコイ〉を発動した。
すると、目の前――念じた場所――に3体の囮が召喚された。
見た目はかなり人間に近い。
東京にごまんといる量産型の男子大学生みたいな姿だ。
ちゃんと中装備を身に纏っており、ぱっと見は完全にヒトだ。
しかし、よく見れば明らかに人間とは違う。
瞬きはしないし、肌の質感も、人間の肌というよりゴムっぽい。
SF作品に出てくる未来のアンドロイドって感じだ。
「……すごい。人間みたい。ちょっと不気味」
「住めば都じゃないが、慣れたら気にならなくなるさ!」
そう言うと、俺は振り返り、転がっている俺の背負い袋に手を向けた。
「さあ、囮くんたち! 魔石を回収し、あの背負い袋に入れるのだ!」
果たして、3体の囮にそういう行動が可能なのかどうか。
今回の結果次第で、〈デコイ〉の真価が決まる。




