079 佐伯の自我
「とんでもねぇ女だ」
俺は笑うと、スミレの首にキスした。
そのままチューッと強く吸ってから唇を離す。
結果、スミレの首筋に派手なキスマークがついた。
「これでいかがかな? 隠しようのない俺のサインだよ」
俺はニヤニヤしながら言った。
「吉岡さん……皆さんの前ですよ。困ります」
スミレが頬を赤らめながら言う。
そのセリフとは裏腹に、口元には笑みが浮かんでいた。
「吉岡ァアアアア!!!!!!」
当然ながら宮坂は怒った。
黒瀬も困惑した様子で俺とスミレを見ている。
「そんなに大声で呼ばなくても聞こえてるぞ! 宮坂ァアアアアア!!!!!」
俺の反応が予想外だったようで、宮坂はビクッと体を震わせ、動きを止める。
「なんで吉岡くんまで叫ぶの!?」
ユズの言葉に、サキは「ウケる」とテーブルを叩いて大笑いする。
「まあ、堅いことは気にするな! 相良、メシにしようぜ! 戦果の報告は済んだし!」
俺が言うと、相良は「そうだな」と頷いた。
そうして全員が食堂へ向かおうとする中、一人の男が待ったをかけた。
「その前に佐伯、昨日出してた隊ごとの獲得量みたいな表、今日も見せろ」
偉そうに言ったのは霧島だ。
「お断りします」
佐伯は即答した。
その反応に、誰もが驚く。
佐伯が断ること自体、異例だったからだ。
ましてこういう場面なら、待ってましたとばかりにデータを提示するはずだった。
「断るだと?」
霧島の眉間に皺が寄る。
予想だにしなかった展開に、俺ですら口をつぐんだ。
「霧島くん、あなたに命令される筋合いはありません」
「なんなんだよ、その態度。後輩の吉岡が言ったときは、ほいほい従いやがるくせに」
「それは誤解です。吉岡くんが私に命令したことはありません。吉岡くんが私に何かを求めるときは、決まって『命令』ではなく『お願い』です」
「お願いだと?」
「補足しますと、吉岡くんは私以外の方に対しても、命令することは滅多にありません」
「言われてみれば、吉岡くんが他人に命令しているシーンって全然見ないわね」
リカが納得したように言った。
「いや、全然ってほどじゃないでしょ……と思ったけど、たしかにパッと浮かぶシーンがないな。茶化したり煽ったりして苛つかせることは多いけど」
梶原も口に手を当てて考え込んでいる。
「吉岡なんかしょっちゅう命令してるイメージだけどな。あれしろ、これしろって」
宮坂が面白くなさそうに言う。
「だが、イメージだけだ。もしかしたらダンジョンでは命令しているかもしれない。しかし、それは隊長としての行為だ。佐伯が指摘している『命令』には含まれない」
黒瀬が腕を組みながら呟く。
「吉岡くんの場合、命令っていうより提案が多いんだよね。例えばさっき『相良、メシにしようぜ!』って言ってたけど、これも命令じゃなくて、夕飯にしようって提案してる」
アヤの言葉に、相良が静かに頷いた。
「霧島くん、お願いなら聞きます。しかし、命令は聞きません。どうしても一人当たりの獲得量を調べたいなら、ご自身で計算されるか、または言い方を改めてください」
佐伯が真っ直ぐに霧島を見る。
「……わかったよ。俺が悪かった。佐伯、データを頼む。お願いだ」
「わかりました」
今度こそ、佐伯は待ってましたとばかりに動き出した。
手帳、紙、ペンを取り出して、凄まじい速度で書き込んでいく。
そして、ものの数分で「できました」と言った。
「こちらが本日――転移7日目の一人当たりの獲得量になります」
皆が席を立ち、佐伯の紙を覗き込む。
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【一人当たりの獲得量】
吉岡隊:3,141EXP、約12,800G
霧島隊:6,272EXP、約12,300G
相良隊:2,304EXP、約12,000G
サキ隊:3,395EXP、約10,800G
戸塚隊:1,771EXP、約7,600G
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「霧島隊の経験値すごいわね。吉岡隊のほぼ倍よ」とリカ。
「金も同じくらい稼いだ。今日も俺たちがMVPだ」
霧島が嬉しそうに口角を上げる。
「ところで、そのMVP制度っていつからできたんだ? 昨日、梶原あたりが急に言い出したイメージだけど」
俺が尋ねると、梶原が「そうだっけ?」と頭を掻いた。
「でも俺なら言いそうだ。ノリで言っただけで、制度自体があるわけじゃないと思う」
「なるほど。すると霧島は、梶原のネタを擦ってるだけか!」
「ふん、負け犬の遠吠えか。好きなだけ吠えてろ。だが、MVPは俺たちだ」
霧島はすっかり上機嫌になっていた。
「ていうか、私らすごくない? 4人PTなのに吉岡隊に経験値で勝ってるよ」
サキの言葉に、ユズが「ほんとだ!」と声を弾ませる。
「吉岡くん、そろそろユズ隊員の力が必要になったんじゃない?」
ユズは謎のドヤ顔で俺を見る。
「ユズ隊員の力は常に必要だけど、俺には〈均等な愛作戦〉があるからな……!」
「そんなこと言ってる間に、私だって吉岡くんに追いついちゃうから! もうちょっとしたら勝負再開ね!」
「追いつくまでは停戦ってことか?」
「うん! 充電期間ってやつ!」
「いいだろう!」
俺はユズの頭を撫でると、再び紙に目を落とした。
「サキ隊もすごいけど、相良隊と戸塚隊もかなり頑張ってるよなー、これ」
「相良隊が頑張ってるのは、5人PTなのに一人当たり約12,000G稼いでるからわかる。でも、戸塚隊のどこが頑張ってんだよ。経験値も金も全然じゃねえか。4人PTなんだぞ?」
俺の独り言に霧島が噛みついた。
「そうだけど、戸塚隊の方針はガチガチの安全志向なんだぜ? 第1階層は例外だが、原則として危険個体すら避けている。それでも約7,600Gも稼げているんだから、普通に立派だと思うけどな」
戸塚が「ありがとう」と俺を見る。
一方、霧島は「ふん」と鼻で笑った。
「俺たちに差をつけられた途端、戸塚を持ち上げるのかよ。落ちぶれたもんだな、吉岡」
「霧島、君は黒瀬と宮坂のやり取りを思い出すべきだ。黒瀬のおじきが言ってたろ? 『もっと貢献してからイキれ、間抜けども』ってさ」
「そんな言い方はしていない。勝利宣言を出すにはまだ早いと指摘しただけだ。あと、俺はおじきじゃない」
「……ということだ! わかったか? 霧島!」
「ふん、せいぜい吠えてろ。焦ってるのがバレバレなんだよ。お前が女にうつつを抜かしている間に、俺たちは上にいく。それだけだ」
俺は「そうか」と笑う。
正直、俺は霧島が思うほど焦っていなかった。
もちろん、絶対王者の地位が揺らいでいるのは看過できない。
どこかで圧倒的な活躍をして、存在感をアピールする必要がある。
しかし、今は焦りよりも喜びが強い。
ようやく張り合える隊が現れたことに対する喜びだ。
競争とは、相手がいないと起きないものだ。
「そういえば、佐伯さん、一ついいかな? ちょっと閃いたことがあるんだけど!」
俺は佐伯の作った表を見ながら言った。
「どうかしましたか?」




