075 偽エリナ問題
「何か問題でもあったのか?」
俺も真顔で返した。
すると、サキは「いーや」と首を振った。
「問題はないよ。でも、隊員のことを気にかけないとダメでしょ? 隊員の時は自分のことにだけ集中できたけど、隊長になるとそうもいかないじゃん。それを実感したって話」
「すると……吉岡隊長のすごさを改めて実感したってオチかな?」
「相良やリカのことを褒めたつもりだったんだけど、吉岡くんもそうだね。結構すごいと思う!」
サキが笑いながら言う。
スミレが「残念でしたね」と俺を見て笑った。
「残念なものか! 俺のすごさをわかってもらえたんだぞ! つまり、サキはますます俺のことが好きに――」
「サキ先輩ー! 順番が来ましたよー!」
早川が大声で呼び、俺の言葉を遮る。
「ごめん、吉岡くん。呼ばれたから行くね。またあとで!」
サキは颯爽と走り去り、早川たちの待つ窓口へ向かった。
「それにしてもこっちは全然進まねぇなぁ! 嗚呼、俺のエリにゃん……!」
「吉岡さん、今日は私の日ですよ?」
スミレが唇を尖らせて俺の服を引っ張る。
「わかっているさ! 君の日だ! だが、エリにゃんは例外だ!」
こうして話している間にも、サキ隊は精算を終えて離れていく。
「……吉岡くんだ。スミレもいる」
ミオの声だ。
今度は戸塚隊がやってきた。
戸塚、ミオ、カホ、佐伯の四人組だ。
さらに――。
「あら? 吉岡隊と戸塚隊が一緒なんて、珍しい組み合わせね」
リカの声とともに、相良隊も登場する。
相良、リカ、黒瀬、三船、ナナの五人組だ。
「スミレ……」
黒瀬は小さく呟き、スミレを見た。
スミレは「お疲れ様です」と頭を下げた。
「吉岡くん、他の窓口……ああ、そうか」
相良は途中でエリナに気づき、勝手に納得した。
リカは俺を見て「相変わらずね」と笑いながら髪を掻き上げる。
ナナは笑顔で俺に頭を下げ、三船は複雑そうな表情で会釈してきた。
「相良隊と戸塚隊はどちらも遅かったんだな! もう15時半を過ぎているぞ!」
俺は時計を見ながら言った。
「中途半端に時間が余ったから、第1階層を追加で攻略していた。そのせいだ」
まずは相良が答えた。
「俺たちは予定通りだ。安全志向だが、早く切り上げるという意味ではない」
戸塚は相変わらずの柔らかい口調で言った。
カホが満足そうに頷いているので、問題も起きなかったようだ。
「詳しいことは報告会で話すとしよう」
戸塚が言い終えるなり、相良が言った。
それに佐伯が「賛成です」と頷き、相良隊と戸塚隊は別々の窓口に向かった。
「おいおい、最初に戻ってきた俺たちが最後になりそうじゃん!」
「エリナさんの窓口に並んでいるからです」
「かぁー! エリにゃんの人気には困っちゃうなぁ!」
牛歩のように進む列を眺めながら呟く。
ようやく俺たちの番まであと少し――そんな時だった。
「おい! 待ってくれよ! 俺たち並んでたのに!」
前方の男冒険者が叫んだ。
他にも、俺の列の野郎どもが不満の声を上げている。
「なんだ?」と前へ視線を向けて、気づいた。
「この後は私が担当いたします。次の方ー」
なんと、窓口担当が別の受付嬢に交代したのだ。
エリナは長蛇の列に向かって深々と頭を下げ、窓口から離れた。
「嘘だろぉ!? こっちは40分近く待ってたのに! そんなのありかよ!」
俺も思わず叫んでしまった。
15時過ぎから並び始めて、今は15時40分だ。
「ありえねぇよぉ! エリにゃんと話したかったのに! 頑張ったのに!」
俺は崩れ落ち、床を叩いて泣き喚く。
それだけでは飽き足らず、床をのたうち回った。
さすがにここまで激しく取り乱している冒険者は俺だけだ。
同じ列の同志たちでさえ、「大丈夫か? こいつ」と言いたげな顔をしている。
それでも俺は喚き続けた。
涙を流し、時には釣り上げられた魚のようにピチピチ跳ねた。
「吉岡さん……本当に悲しかったのですね……」
スミレが口に手を当て、同情するように俺を見ている。
ただ、口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。
面白がっていいのかどうか決めあぐねているのだろう。
相良隊と戸塚隊の面々も同様だ。
リカとミオは口元を緩めているが、他は複雑な顔をしている。
「エリナじゃないならこの列に並ぶ必要はねぇ」
「ああ、そうだな」
俺たちの列にいる冒険者が他の窓口に分散していく。
「エリにゃーん! エリにゃーん! いやだぁあああああ!」
俺はなおも駄々をこねる。
すると――。
「吉岡さん、そんなに騒がれると困ります」
いつの間にか傍にいたエリナが言った。
「エリにゃん!」
俺が大喜びで立ち上がる。
だが、次の瞬間、目の前のエリナが姿を変えた。
一瞬だけ激しく光ったあと、マイケルになったのだ。
よく見ると、傍にはマイケルの連れである金髪の女冒険者もいた。
「吉岡、喚くな。耳障りだ」
「マイケル!」
「俺の本名を軽々しく呼ぶな」
「名前を呼ばないと始まらないだろ! 嫌なら偽名を考えておけ!」
「偽名ならある。マックスだ。今度から俺を見たらそう呼べ」
「しゃらくせぇ! マイケル! 久しぶりだな! どうしてここにいるんだ!?」
マイケルの連れの女が小さく笑った。
「お前……」
マイケルは呆れ顔で俺を睨んだあと、「もういい」とため息をついた。
「俺はお前より前からここにいた。連れと喋っていたが、お前がうるさいから注意しにきた」
「それは失礼した! だが、見ていたならわかるだろ! 俺はエリにゃんと喋りたくて並んでいたんだ! ずっと!」
「わかる。しかし、今のお前には問題がある」
「喚いたことが、みんなの迷惑になっているって言いたいのか?」
「そんなことはどうでもいい。俺にとってうるさいから注意しただけだ。俺がいなければ好きなだけ喚いていい」
「なら、何が問題なんだ?」
俺は首をかしげた。
「吉岡、お前はエリナに変装した俺を本物のエリナと見間違えた。本当に求めている女なら、変装されていても気づくはずだ。気づかなかったのは、お前の注意が散漫になっているからだ」
「それはマイケル、あんな魔法じみた変装を俺が知らなかったからで……」
「俺の連れを見れば異常に気づけたはずだ。それに、変装しても隠せないものがある。武器だ。俺の連れに気づいていなくても、ちゃんと見ていれば偽エリナが剣を装備していることに気づけたはずだ」
「武器なんか装備してたか? 後付けじゃねーの!?」
「いえ、吉岡さん。たしかに、先ほどの偽エリナは剣を装備していました」
スミレが言った。
「そういうことだ。吉岡、駄々をこねるのはいい。だが、俺のような変装の使い手もいることを忘れるな。武器はわかりやすい目印だが、例えば武器を装備せずに変装すれば、今のお前では完全に見分けがつかないだろう」
「じゃあ、変装かどうか見分ける方法はあるのか?」
「何通りもある」
俺が尋ねると、マイケルは即答した。




