058 訓練所
「いえ、びっくりしただけです。あと、恥ずかしいです……」
スミレが頬を赤らめて俯く。
「今さら何を言ってるんだ? 堂々とキスできる女に恥じらいなんかあるかよ!」
俺は声を上げて笑うと、再び手をつないだ。
そのまま二人で店を出て、夜の街を歩く。
「恥じらいはありますよ。ただ、ハイになると感じにくくなるだけです」
「すると、俺にキスしたときはハイテンションのイケイケモードだったわけか」
「そうです。悪いことをしていると思うと、どうしようもなく気分が良くなってハイになります」
「なるほどなぁ! 見た目通りの清楚でお淑やかなスミレと、悪い子のスミレ……いいじゃないか。一挙両得、一石二鳥、多重人格!」
「最後だけ間違っていますよ」とスミレが笑う。
それから彼女はとある一般個室宿の前で止まった。
「この宿はいかがでしょうか?」
落ち着いていて高級感の漂う宿屋だ。
看板を見なければ、一般個室宿とはわからない。
「ここ、一般個室なんだな。上質かスイートだと思ったわ」
「ですよね。だから、私も気になりました」
「よし、ならここにしよう!」
俺たちはさっそく中に入った。
「いらっしゃい。ウチは一般個室宿だから一部屋2,800Gだよ。折半でいいかい? それとも兄さんが全額出すのかい?」
入ってすぐに声が飛んでくる。
傍に受付カウンターがあり、そこに若い男が立っていた。
「話が早いな! 折半だ! 俺は令和キッズだぜ! 甲斐性なんてものは持ち合わせていない」
そう言って、俺は支払いを済ませた。
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【支払ログ】
宿泊:一般個室
支出:1,400G
所持金:8,115G → 6,715G
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「まいどあり。令和が何か俺にはわからないが、奢るだけが甲斐性じゃないさ。部屋は2階だ」
「いいことを言うじゃないか。そのネタ、いただくぜ! スミレ、聞いたな? 奢るだけが甲斐性じゃない!」
「私に言うんですか」とスミレが笑う。
「夜なのに元気な兄さんだ。ま、ほどほどに楽しんでくれ」
「おうよ! 全力で楽しませてもらうぜ!」
俺は男から鍵を受け取り、スミレと手をつないだまま階段を上がった。
二階に着くと鍵を開け、部屋に入る。
部屋の内装は、ユズと泊まったラブホ風の宿屋とよく似ていた。
寝室は狭めで、ダブルサイズのベッドがドンッと構えている。
浴室は広めで、浴槽も広々としていていい感じだ。
「ではスミレ、お楽しみの時間だ! 念のために言っておくが、秘密の合図はイチャイチャにも適用される! ストップの合図は『ドッカンボンバー』だ! わかったかな!?」
スミレが真っ赤な顔で「はい……」と頷く。
「さーて、楽しむぞー!」
そして、俺たちはイチャイチャを始めた。
まずは正面からスミレにキスする。
「どうかな? ストップする?」
「いえ……追い風です……」
「そうこなくちゃ!」
さらに進む。
「……吉岡さん、追い風です」
「まだ……追い風です」
「もっと……追い風です……」
「吉岡さん……追い風です……」
その日、部屋には追い風が吹き続けた。
◇
夜が明けて、転移6日目が始まった。
先に目を覚ましたのは俺だ。
隣では、スミレが俺に抱きつく格好で寝ている。
小さな寝息を立てて、シーツをギュッと握っていた。
(まさか転移してから1週間もしないうちに、スミレと肉体関係になるとはな……)
吉岡ハーレムランドは、宣言通りサークルの女子全員を射程に捉えている。
しかし、その道のりは険しく長いものだと思っていた。
ところが、すでにユズやナナはハーレムランドに強い関心を寄せている。
スミレの感触もいい感じだ。
本人の気まぐれかもしれないが、距離が急速に縮まっているのは事実だ。
(上手くいきすぎて怖くなるな……)
そんなことを思っていると、スミレが「うぅぅ」とうなり始めた。
ほどなくして目を開け、「吉岡さん……」と俺の名を呼んだ。
「おはようございます。隣に男性がいるのは……新鮮ですね」
「本当かなー? 怪しいものだぜ」
俺がからかうように笑うと、スミレは頬を膨らませた。
「ひどいです、吉岡さん。私、今まで男性の方とは交際すらしたことありませんよ」
「そのわりにノリノリだったね」
「私をノリノリにさせたのは吉岡さんですよ」
スミレが俺の胸板に手を這わせて、目を閉じた。
◇
しばらくイチャイチャした後、俺たちは宿屋を出た。
朝から営業している飲食店を探し、二人で適当に朝食をとる。
朝はシンプルセットだ。
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【支払ログ】
食事:シンプルセット
支出:350G
所持金:6,715G → 6,365G
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「この店は……なんというか独特だな」
「ですね……。すみません……」
「いや、いいよ。俺も賛同したわけだしな……」
やや暗い空気の中、二人で食事を続ける。
食べているのは、ブリスケット風の肉料理とサラダだ。
正直、今日の店選びは完全に失敗した。
店の外観は雰囲気がよく、店内も賑わっている。
ただ、日本人には馴染みのない味だった。
見た目は文句なく美味そうだが、味付けが合わない。
謎の香辛料が延々と殴ってくる。
肉というより、香辛料の塊を食べている気分だ。
「俺は食事が終わったらギルドに行って、ユズやサキと合流する。スミレは戦技の習得に向けて訓練か?」
「はい。訓練所で、安定して発動できるようになるまで頑張ります」
「思ってたんだけど、訓練所ってどこにあるんだ? 前に霧島も訓練所に行くって言ってたけど、そもそも場所を知らないんだよな」
「訓練所は〈始祖の塔〉の裏手……つまりギルドから見て塔のさらに向こう側にあります。無料で戦技や魔法の自主訓練ができるほか、教官から戦闘訓練も受けられます」
「戦闘訓練……。霧島が訓練所に行ったのはそれが理由か。当時は戦技や魔法の教本なんて持ってなかったし」
「そうだと思います。霧島さんを直接見かけたことはありませんが、リカ隊や相良隊は訓練所をよく利用していますよ」
「そうなの? 知らなかったな。みんな、いつ頃行ってるの?」
俺は話しながらコップの水を一気飲みし、おかわりを頼む。
「報告会の後です。昨日は装備を新調するため、行っていないと思いますが……」
「なるほど。訓練所で戦闘訓練を受けると、何か恩恵があるの? やっぱり目に見えて強くなる?」
スミレは即座に「いえ」と首を振った。
「戦闘力自体は、実戦経験が全てだと思います。どれだけ訓練場で武器を振るっても、魔物との戦いで感じる恐怖などは薄れません。ただ、実戦と訓練を組み合わせることによって、武器の習熟度が上がりやすくなる……と、転移初日にセラさんから教わりました」
セラとは〈始祖の塔〉の女性職員だ。
「じゃあ、技能訓練以外で訓練所に行く場合、習熟度を上げるのが目的なんだな」
「そうですね。でも、訓練所で戦闘訓練を受けるのは、習熟度がノーマル級になるまでです。訓練所では武器の構え方などの基礎を教わるだけですので」
「なら、すでに習熟度がノーマル級の相良は訓練所に行く必要がないのか」
俺は再びコップの水を一気飲みした。
「はい。ですが、前に見かけた時は、相良さんも一緒になって訓練を受けていました」




