046 マイケル
「やあ、お兄さん、俺と話さないかい?」
そう言って、俺は男の冒険者に近づいた。
男は30代半ばくらいで、黒の短髪だ。
武器はロングソードで、防具は中装備。
装備の構成自体は相良と同じだが、明らかに高ランクの代物だ。
派手さはないが、装備や男自身から漂うオーラが別格だった。
だからこそ、俺はイイ女ではなくこの男を選んだ。
強そうな奴とのコネ作りも生きる秘訣である。
「知らない奴と話す気はない」
もっとも、相手からすれば話は別だ。
男は俺を一瞥すると、それだけ言って口を閉ざした。
「では知り合いになろう! 俺は吉岡、お兄さんは?」
俺は男の反応などお構いなしに、男の前に座った。
バーにありそうな小さなテーブルを挟んで、男と向かい合う。
「お兄さんではない」
「匿名希望か! ならば便宜上、お兄さんのことはマイケルと呼ぼう!」
その瞬間、男の眉がピクピクと動いた。
それまで俺と目を合わせようともしなかった男が、鋭い視線を向けてきた。
「どうして俺の本名を知っている? 誰から聞いた?」
「いや、知らなかったんだけど……まさかマイケルが本名なのか! マイケルって顔だが、よもや当たるとは!」
本当に偶然だった。
その男――マイケルは、うんざりしたようにため息をついた。
「墓穴を掘ってしまったな。仕方ない。付き合ってやる。変わった名前だな、吉岡」
「俺の国じゃ普通だぜ! 国が何かはわかる?」
「わかる。この世界にはわからない奴もいるが、俺はわかる。俺の世界にも国はあった」
「オーケー、マイケル! 俺たちの距離が縮まってきたな!」
「要求を言え。PTの誘いか? いや、見たところ、お前の装備はFランクだ。俺とは釣り合わない。違うな」
マイケルが勝手に答えを導き出す。
「要求は特にない! お察しのとおり俺は新米だ! だから他の世界の冒険者とも交流を増やそうと思ってな! マイケル的にはおかしく感じることかな?」
「いや、おかしくない。妥当だ」
マイケルの表情は変わらない。
「だがな、吉岡。相手は選んだほうがいい。この世界には神罰があるから悪いことはできない……そう〈始祖の塔〉で説明を受けたかもしれないが、それは違う」
「そうなのか?」
「神罰が下るのは都市の中だけだ。ダンジョンでの悪事は神罰の対象にならない。ここではいい顔をしておいて、ダンジョンに入ったら豹変する……そんな冒険者も存在している」
「マジかよ!」
早くも有益な情報だ。
あとで相良と佐伯に共有しよう。
そんなことを考えていると、マイケルの視線が俺から逸れた。
ギルド奥のスペースに向いている。
振り返ると、そこには相良と佐伯の姿があった。
相良が心配そうに俺を見ている。
「相良と佐伯か。お前の仲間だ」
「おう! ……って、なんで知ってんの?」
今度は俺が目を細めてマイケルを見る。
「元いた世界の職業病みたいなものだ。冒険者の名前と顔は覚えるようにしている」
「じゃあ、俺のことも名乗る前から知っていたのか」
マイケルは「ああ」と短く肯定した。
「次は名前を知る方法を訊くつもりか?」
「その予定はなかったけど、そうしよう! どうやって知ったんだ?」
「教えない」
俺は思わず吹き出した。
「マイケル、あんたギャグセンス高いな! そう来るとは思わなかったぜ!」
「ギャグは言わない。吉岡が勝手にそう受け取っただけだ」
「なんであれ、君は俺を笑わせた! 人を笑わせるのはいいことだろう!」
「否定はしない」
またしてもマイケルの視線が動く。
しかし、今度は先ほどよりもさりげなかった。
顔は全く動かさず、黒目だけが一瞬横に滑った。
「またしても俺の仲間か!?」
俺がマイケルの視線を追って横を向くと、少し離れたところに女の冒険者がいた。
年齢はマイケルより少しだけ下――30代前半だ。
髪は長めのブロンドで、かなり気の強そうな顔をしている。
武器は細身の剣で、防具はマイケルとお揃いだ。
かなりイイ女だが、俺の好色センサーが反応しない。
理由は脈なしだからだ。
「俺の連れだ」
「連れだぁ? どう見ても恋人だろ! 俺はそういうのを見抜く目を持っている」
「そういう関係ではない……が、そう捉えられて困る関係でもない」
マイケルは「話は終わりだ」と立ち上がった。
「連れが来たから俺は行く。またな、吉岡」
「おう! またな、マイケル!」
「大声で俺の名を呼ぶな」
マイケルは振り返ることなく、仲間の女と二人で去って行った。
二人が消えると、相良と佐伯が近づいてきた。
「吉岡くん、さっきの男は?」
まずは相良が尋ねてくる。
「俺の新しい友達だ!」
「そのような関係には見えませんでしたが」
佐伯がメガネをくいっと上げる。
「訂正しよう! 友達候補だ! それより二人に話がある! 座ってくれ! さっきの彼――マイケルから貴重な話を聞いたぜ!」
「是非、聞かせてくれ」
「私も興味があります」
相良と佐伯が席に着く。
「神罰のことなんだが――」
俺はマイケルから聞いた情報を相良たちに話した。
「佐伯、知っていたか?」
相良が驚いた様子で尋ねると、佐伯は首を振った。
「いえ、知りませんでした。ダンジョン内では神罰が発生しない……それは重大な情報ですね」
「外部の冒険者と接触するにしても、都市内に限定するほうが良さそうだな」と相良。
「そういえば、この世界って世界名がメビウスで、都市名もメビウスじゃん。かなりわかりにくいよなぁ。都市名を別にしたらよかったのにな。日本と東京みたいに!」
「〈始祖の塔〉の職員・セラさんの話によれば、元々、都市名は臨時でつけられたものだったそうです。現在、この世界にはこの都市しか存在していないのですが、かつては複数の集落がありました。それらを統合した際、臨時で『統合都市メビウス』と呼ぶことにしたそうです」
「佐伯の説明に補足すると、この世界には明確な君主が存在していない。あえて誰かを君主とするなら、それは俺たちを転移させた神になる。しかし、都市統合が行われた時、神はすでに姿を消していた。だから、誰にも正式な名前を決める権限がなかったんだ」
珍しく相良が補足側に回った。
「なるほどなぁ。とはいえ、まぎらわしくねぇ? 俺なんかよくこんがらがるぜ! 他の人は困らないのかな?」
「話の流れで把握するのだろう。この世界は一つの国・一つの都市で成り立っている。だから、わざわざ『他の都市』という言い方をする必要がない。この世界で『メビウス』と言えば、それは国を指すと考えるのが普通だ」
「言われてみればそうだな。冒険者区画とか商業区画って呼び方はするけど、会話の中で『メビウス』ってワードは出てこない」
相良の説明で納得できた。
「名前はともかく、今は神罰の件だ。俺たちは勝手に全ての場所で適用されるものだと思い込んでいた。外部の冒険者からダンジョンに誘われた時は、警戒したほうが良さそうだ」
「もしかしたら、他にも誤解していることがあるかもしれません。〈始祖の塔〉で配布された冊子を見て、曖昧な表現がないか確認しておきます」
「頼む。すべてを報告する必要はないが、神罰のように活動上、大きな問題になりかねないことがあれば教えてくれ。神罰の件は、今日・明日中に共有を済ませておく」
相良と佐伯が話を進めている。
「そういうことは二人に任せるよ! また何か情報があったら教えるね! んじゃ、ナナとの待ち合わせに遅れるから俺はこれで!」
二人のやりとりが落ち着くのを見計らってから、俺は立ち上がった。
◇
21時前、俺が宿屋の前に着くと、すぐ後にナナもやってきた。
「お待たせしてすみません! 吉岡先輩!」
「いや、俺も着いたばかりだ。気にしなくていいぞ! ところで、お腹は空いていないかい?」
「私は少しだけ……。でも、問題ありません! 吉岡先輩とたくさんアユの串焼きを食べたので! 吉岡先輩はお腹が空きましたか?」
「おう! 少しどころか、そこそこ空いている! なので、適当な店で軽くつまもう! そのあと、デザートに君をいただく!」
「わ、私が、デザートなんですか?」
ナナの顔が赤くなる。
「おう! 極上のデザートだ! 今日も寝かせないぞー!」
「明日、早いので手加減してくださいね」
「ますます手加減したくなくなった」
「もう……!」
俺たちは宿屋に入って部屋を取った後、近くの店で軽く食べた。
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その後――。
「お楽しみの時間だああああああああ!!!!!!」
「吉岡先輩、声を抑えてください……! 他の方の迷惑になります……! それに恥ずかしいです……!」
俺たちは宿屋に戻った。




