036 修羅場
「ナナ、話って?」
ユズが首をかしげる。
「俺から言おう」
俺は立ち上がり、ユズを見て言う。
「今日の夜はナナと過ごすことに決めた」
「え……?」
ユズが固まった。
「白瀬さん、本当ですか?」
三船が反応する。
「はい、三船くん。私は吉岡先輩と一緒に部屋で寝ます」
三船は絶望し、言葉を失った。
そんな三船を無視して、俺はユズに言った。
「順を追って話すと、ナナに誘われ、承諾した。よって、今日は21時にいつもの宿屋で君と合流することはできない。すまんな、ユズ」
「…………」
ユズはしばらく何も言わなかった。
両手を握りしめ、俯いて震えている。
その間、完全な沈黙が場を覆っていた。
サキやアヤの顔から笑みが消え、霧島も静かに見守っている。
「……ずるい」
ユズがおもむろに口を開く。
「ずるい……?」
「ずるいよ! ナナだけ、ずるい!」
次の瞬間、ユズは頬をパンパンに膨らませて俺を睨んだ。
その目には涙が浮かんでいた。
「ずるいって、どういうことだ?」
「私を霧島先輩のところに行かせて、その間にナナといい感じになってるじゃん! それはずるい! 私だって吉岡くんとイチャイチャしたいのに!」
「イチャイチャならいっぱいしたじゃないか。今日はナナの番だ。ちゃんと初日に話しただろ? 俺という男はクソッタレだから、一人の女には縛られないんだ」
「わかってるよ! 受け入れたよ! でも、ずるいじゃん! 私は頭を撫で撫でされて終わり! ナナは吉岡くんとイチャイチャ! 狩りも一緒! 私は別! 今日の私、すごく頑張ったのに!」
「えっと、じゃあ……俺はどうすればいいんだ? ナナとの約束は破れないぞ」
「破らなくていいよ! でも……ここでギュってして、キスもして」
「ここで!?」
「うん! そしたら許してあげる!」
「え? 俺、許しを乞う立場になってるのか?」
「そうだよ。私のこと怒らしたもん! ギュっとしてキスしてくれないと、もうユズっぱい触らせてあげない!」
「それは困る。ユズっぱいを人質にするのは卑怯だぞ!」
「でもユズっぱいをどうするか決められるのは私だもん!」
「補足しますと、ユズっぱいとはユズさんの胸部のことですので、この場合――」
「佐伯、補足はいい」と相良が苦笑する。
佐伯は「失礼しました」と、少し悲しそうな顔でメガネをくいっと上げる。
「まあ、そういうことなら……」
俺はユズを抱きしめ、皆の前でキスした。
「これで許してくれる?」
「……ダメ」
「なんでだよ!」
「もう一回キスしてくれたら許す」
ユズが駄々をこねるので、もう一回キスする。
「これでどうかな?」
「……許す」
とても許したとは思えない顔で、ユズはそう言った。
頬は依然としてパンパンで、目には涙が浮かんでいる。
そのうえ、顔は赤くなっており、今にも爆発しそうだ。
「ナナ!」
「は、はい! ユズ先輩!」
唐突に名前を呼ばれ、ナナがビクッと震える。
そんな彼女に指をさしながら、ユズは宣言した。
「今日はナナの勝ち! でも、私だって負けないから! 私にはユズっぱいとニーハイが食い込んだ太ももがあるもん! 吉岡くんはどっちも大好きなんだから!」
「わ、私には大きな胸も黒のニーハイもありません。でも……私だって負ける気はありません!」
サキが「なんか争いになってる」と笑う。
場の緊張感がほどけていく中、梶原だけは鬼の形相で俺を睨んでいた。
「俺ならユズにあんな顔をさせない」
俺に向けた発言だったので、俺も真面目に返した。
「それは違う」
「違わねぇよ。俺はお前みたいに色んな女に手を出さない」
「それは正しいが、『ユズにあんな顔をさせない』は違う」
「は?」
「君の場合、ユズにあんな顔をさせることができない。させないのではなく、させられないの間違いだ」
サキが「細かっ!」と吹き出す。
リカも「吉岡くんの大好きな屁理屈ね」と笑っている。
「しかし、今の吉岡くんの指摘は重要です。吉岡くんが述べているのは――」
「佐伯、その解説も不要だ」
「失礼しました」
またしても相良に止められ、佐伯は先ほどよりも悲しそうな顔をした。
「…………くそっ」
梶原は舌打ちするだけで反論しなかった。
「吉岡くん、私、決めたよ。吉岡くんとの勝負に勝ったときの報酬」
ユズが涙を拭って俺を見る。
「何にするんだ?」
「私が勝ったら、みんなの前で『ユズが一番』って宣言してキスすること! それから私をデートに連れて行くこと! あと、日本に帰ってから最初にデートするのも私! それに親友枠をよしぽっぽから私に変更する! それから、えっと……もう1回『ユズが一番』って宣言すること!」
「よしぽっぽって誰!?」
サキが腹を抱えて笑う。
「吉岡くんの親友枠って1名限定なのね」とリカ。
佐伯は何か言いたそうにしつつ、必死にこらえていた。
おそらく、ユズの求める報酬の数についてだろう。
「ユズ、勝利の報酬は『可能な範囲で何か一つ言うことを聞く』だったはずだ。今の要求では、報酬の数は一つどころか五つあったぞ」
俺はちらりと佐伯の顔を見た。
便秘が解消されたときのようなスッキリした顔をしている。
思った通りだ。
「でもこれが報酬! 決めたもん! 一つじゃなくて五つ! 契約変更! ダメならやっぱり許さない!」
「なんて強引なんだ……! だが、いいだろう! どうせ勝つのは俺だ! 君の要求が高ければ高いほど、勝利の後に煽る楽しみが増えるというもの!」
「契約更改ですね」
それだけ言って、佐伯が相良の顔を見る。
相良が頷くと、佐伯は水を得た魚のように続きを話した。
「契約更改は双方の合意があれば認められています。覚書などは必要ありません」
「だってさ、ユズ! 俺は承諾した! よって、契約更改だ!」
「わかった!」
「話は済んだだろ。行くぞ」
霧島が自分の武器を担ぐ。
「吉岡くんはユズ隊員を本気にさせた! 後悔させてやる!」
「まるで今まで本気じゃなかったかのような口ぶりだな!」
「細かいことはいいの!」
ユズは頬を膨らませたまま、槍を持って霧島たちのほうへ向かおうとする。
「ユズ、去る前に一つ言っておくが、俺はこれからもイイ女にガンガン手を出すぞ! 拗ねるのは結構だが、吉岡ハーレムシステムに納得できないなら、関係を見直したほうがいい! 俺と付き合っていく以上、この手の問題は避けられない! そのたびに悲しんでいてはハーレムランドの一員になれないぞ!」
「……滅茶苦茶。でも、事前に宣言しているのはいい」
ミオが呟く。
「吉岡くんなりの誠実さでしょうね」とリカが笑う。
「じゃあ、最高にイイ女になって、他の女に手を出す気をなくす! またね! 吉岡くん! ナナも!」
「おう! またな!」
「またです! ユズ先輩!」
ナナが深々と頭を下げる。
「ユズ、明日は第3階層だ! 死にそうになったら野郎どもを盾にしてサキと二人で逃げ帰ってこい!」
「そうする!」
「「やめろ!」」
霧島と梶原が同時に叫んだ。
◇
霧島隊が去ったあと、明日の編成について話すことになった。
「吉岡隊は、明日も吉岡くんとナナの二人で戦う予定か?」
相良が尋ねてきた。
「どうしようかなぁ」と言いつつ、俺は冊子で第3階層の情報を確認した。
第3階層は〈雫石の洞庭〉という名の洞窟らしい。
敵のレベルは5~11。
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【名前】吉岡
【レベル】5 EXP:363/640
【所持金】4,321ゴールド
【ユニークスキル】オール・レジェンド(P)
【技能①】[F]スター・ストライク(レジェンド)
【技能②】未登録
【技能③】未登録
【武器】[G]初期配布のトンファー(レジェンド)
【防具】[G]初期配布の軽装備
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一方、俺のレベルは5だ。
経験値の状況からすると、ボスと戦う頃にはレベル6か7だろう。
レベル6ならレベル差補正が発生する。
ボス戦をレベル7で迎えられるかどうかは大きな分かれ目だ。
装備を更新する余裕がない今は尚更である。
「そうだな、明日もナナと二人でいこう」
PT人数が増えると補正がかかって経験値が減る。
それを嫌って、俺はナナとの二人PTを選んだ。
「わかった。では、相良隊と佐伯隊は残りのメンバーで決めよう。とりあえずリカは俺と同じ隊に戻すとして――」
相良が話を進めようとした時、リカが「待って」と手を挙げた。
「私も隊長役に挑戦してみたいわ。明日は相良隊とリカ隊でどうかしら?」
「……リカ?」
相良の表情が険しくなった。




