035 無利子の貸付
「吉岡に聞いているかもしれないが、ボスの白樹トレントは周囲の木を操る。本体の射程も20メートルくらいある。厄介なのが地面から急に出てくる木の根だ」
そうして始まったボス戦の報告は壮絶だった。
序盤、霧島隊はボスに近づくこともできなかった。
梶原の風刃は枝で弾かれ、当たっても大したダメージにはならなかった。
途中でサキのユニークスキルを試すことにした。
幻影を囮として走らせて、その隙に早川のスキルで強化された霧島が突っ込む案だ。
「俺が詰め切ったら、全力でボスを叩く。足に木の根が絡まっていようが、攻撃が届けば問題ない。あとは他の四人がボスの攻撃から俺を守る……そういう作戦だった」
この作戦は成功した。
霧島は敵の懐に潜り込めたのだ。
しかし、圧倒的に火力が足りなかった。
武器がGランクで、ボスがFランクなのでランク差がある。
霧島とボスの間にはレベル差補正も発生していた。
結果、霧島隊はボスと2時間近く戦う羽目になった。
「その間に、早川と梶原にダメージが蓄積した。俺もだいぶくらった。だが、予定どおりに勝利した。明日も誰一人欠けることなく狩りにいける。作戦は成功した」
霧島は誇らしげに言い切った。
しかし、俺の時ほど明るいムードではない。
カホは何も言わなかったが、明らかに不満そうだ。
黒瀬も腕を組んで険しい表情をしている。
「……無事でよかった」
最初に口を開いたのはミオだ。
その言葉を聞いて、霧島の顔が和らぐ。
それから、何を思ったのか俺に向かって口を開いた。
「どうだ、吉岡。俺だって第2全8だ」
「すごいぞ霧島! 2時間近い戦闘は、正直いって頭がイかれてる! 狂気の沙汰だ! 一歩間違えば死んでいたかもしれない! だが、そんなことを気にするのは相良やカホや佐伯さんの役目であって俺じゃない! だから俺は素直におめでとうと言いたい! そして、その上で確認させてほしい!」
俺は右の人差し指を立て、芝居がかった口調で霧島に尋ねた。
「俺のユズと俺のサキは怪我していなかったよな!?」
「私、吉岡くんのものになったの?」とサキが笑う。
「私は吉岡くんのユズでいいよ! すごく仲のいい友達だもん!」
「二人は怪我してねぇ。お前の言ったとおり、二人は強かった」
「正直、吉岡がユズを霧島隊に入れてなかったら、俺らやばかったと思うわ」
梶原が頭の後ろで手を組む。
「それで、吉岡くんたちはどうやって第2を全8したの?」
ユズがニコニコしながら俺を見る。
霧島も興味があるようで身を乗り出していた。
「俺は魔法でバンバンだ!」
「魔法でバンバン!?」
「出番だぞ、ナナ! 説明してあげなさい!」
「はい! 説明します!」
ナナが嬉しそうに立ち上がり、今日の活動を説明する。
「いや、吉岡強すぎだろ。なんだよ魔法の連射って。別ゲーになってない?」
梶原が苦笑する。
「そっか! 吉岡先輩のユニークスキルなら、魔法をレジェンド級で使えるんですね! すごいっす!」
「昨日、ナナと何していたのかと思ったけど、教本店に行ってたんだ! ずるい!」
ユズが頬を膨らませる。
何に対する「ずるい」なのかは不明だ。
「魔法か」
霧島が呟く。
「俺に言われたら反発したくなると思うけど、霧島の場合は魔法より武器だろ! ランク差補正とレベル差補正を受けてる中でボスと殴り合うとかやばいわ!」
俺は腹を抱えて笑った。
「うるせぇ! あんなに堅いと思わなかったんだよ! それに、今は4,000Gくらいしかねぇ。精算後でそれだ。出発前に武器を買う余裕なんかなかった」
「だったら第1階層に行けばよかったんじゃないか」
戸塚が口を挟むと、霧島は一瞬でぶち切れた。
「それだと吉岡に負けるだろ。第2以外ありえねぇよ!」
「霧島の話は脇に置くとして、第2階層に行くなら武器は新調したほうがよさそうだ」
相良が言うと、すかさず佐伯が反応した。
「Fランクの武器は3,000G、防具は4,800G、補助魔導具は3,600Gです。冒険者専門店で購入した装備の下取り額は販売価格の50%と決まっています。〈始祖の塔〉で初期配布された装備の下取り額は武器・防具とも50Gです」
「さっすが佐伯さん! 相変わらずルールを完全にマスターしているな!」
俺が褒めると、佐伯は「完全ではありませんが、それなりには」と笑った。
「買うなら武器からだ。防具より安いし、攻撃が通らないんじゃ戦闘が長引く。いい防具をつけていても、戦闘が長引けばダメージを受ける機会が増える。火力を高めたほうが効率的だ」
霧島が持論を述べる。
「報告を聞く限り、第2階層はその認識で良さそうだ」と相良。
「ついに始まるか、アンチテーゼ武器更新編! 俺は宿代の都合があるから、武器の更新は明日になるけどな!」
俺が声を弾ませる。
「武器を更新するかは各々で判断すればいい」
黒瀬が腕を組んだまま言った。
「俺は更新する。少しでも強くなってスミレを守りたいからな」と宮坂が立つ。
「宮坂、お前の所持金は俺と同じだ。更新すれば1,000Gくらいしか残らなくなるぞ」
黒瀬が鋭い目つきで宮坂を見る。
「それだけあれば問題ねぇよ」
「問題はある。メシ1食と風呂、宿代で終わりだ。朝メシ分が残っていない」
「晩を抜いて朝食えば問題ねぇだろ」
「それのどこが『問題ねぇ』になる。冷静になれ」
「うるせぇな。お前が指図すんじゃねぇよ。寡黙ぶってたら大人に見えると思ったら大間違いだぞ」
宮坂が煽るものの、黒瀬は応じなかった。
「黒瀬さんの計算は正しいです。なお、私の把握している範囲での推測になりますが、武器をFランクに更新しても2,000G以上余る……つまり、現時点で所持金が5,000G以上なのは、霧島くんを除く霧島隊の4人、ナナさん、カホさんだけだと思います」
「え、他の人ってそんなにお金ないんすか!? 俺、もうすぐ1万ゴールドに届きますよ!」
早川が驚く。
「私の計算でもそうなります。早川くんは昨日・一昨日と吉岡くんと同じPTだったので、稼いだ額だけで言えば吉岡くんの次に多いです。そのうえ、吉岡くんとユズさんは個室宿を利用し、ノーマルセットの食事をしばしば食べていましたが、早川くんはシンプルセットで節約しています」
「なるほど……! 佐伯先輩に説明されて納得しました!」
「そんなに金があるなら防具も買い換えろ」と霧島。
「とりあえず、霧島隊はこれから全員で武器を新調しに行くってことでどう?」
サキが言うと、霧島が「文句ねぇ」と言った。
「ただ、俺の所持金は約4,000Gだ。武器を買ったらメシを1食抜くことになる。それは避けたい。だから、100Gずつ貸してもらえないか。明日、狩りの稼ぎで返す」
霧島が自身の隊員たちに言う。
「補足しますと、貸付につきましては、『無利子』『返済期限の明示』『借主の返済意思』が揃っている場合に限り、双方が合意すれば成立します」
佐伯がメガネをくいっと上げた。
「私はいいよー」とサキ。
それに梶原と早川も続く。
「霧島先輩、強くなって吉岡隊に勝ってね! 私だって吉岡くんと勝負してるんだから!」
とユズも承諾し、霧島は4人から100Gずつ借りた。
その様子を見ていた宮坂が、唐突に「なるほど」と呟いた。
「借りるという手があるのか。だったら、俺も明日のメシ代を借りれば済むな。なぁ、黒瀬――」
「断る」
「なら私が貸してあげる。まだ武器を更新する予定はないし、350Gで大丈夫?」
カホが言った。
「頼む。明日、返す」
「無理しなくていいよ。厳しいなら遅くなっても平気だから」
「カホさん、その条件では成立しません。返済期限の明示が必要です」
「そっか。じゃあ、返済期限は明後日。もし宮坂くんが厳しそうなら追加で改めて貸す――佐伯くん、それなら大丈夫?」
「はい、問題ありません」
こうして、宮坂はカホから350Gを借りた。
「念のために言っておくけど……霧島、明日の吉岡隊は第3階層を攻略するからな!」
俺がニヤニヤしながら言うと、霧島は鼻で笑った。
「俺たちだってそのつもりだ。攻略済みの階層に留まる気はねぇ――霧島隊は武器の新調に行くぞ」
霧島が立ち上がると、梶原、ユズ、サキ、早川も続く。
「吉岡くん、あとでまた会おうね! 昨日と同じで、21時、あの宿屋で集合だから!」
ユズが俺に言うと――。
「あの、ユズ先輩、待ってください! そのことでお話があります」
ナナが即座に立ち上がった。




