033 ビギナーとノーマル
「俺のユニークスキルは【ブロッキング・ウォール】だ。縦横3メートルの壁を最大4枚設置できる。壁の耐久度は高めだ。相良さんかカホさんが撤退を宣言したら、俺がボスの前に壁を並べる。そういう決まりだった」
宮坂は「使うまでもなかったけどな」と勝ち誇ったように話し終える。
それから、川の流れよりも自然にスミレを見つめた。
「なるほどなぁ! スミレがいなくても宮坂って戦えるんだな!」
「むしろ安定していた。格好つけようとしないからな」
「お前だって同じだろうが、黒瀬! なに『俺は違う』みたいなオーラ出してんだよ!」
宮坂が吠える。
黒瀬は取り合わず、腕を組んだまま黙った。
「こちらは昨日と同じ人数で、前日の経験も生かせたので、安定していました」
佐伯が報告を始める。
「ちょっと防御に偏りすぎた布陣だったけど、私とアヤのスキルがいい感じにかみ合ったのよね」
リカが言うと、二年生の女子・アヤが「ねー」と頷いた。
「でも、吉岡くんは佐伯隊の説明より、リカのフェロモンに興味津々だと思うよ」
アヤがニヤニヤと笑う。
彼女は、こうして他人の心を読んで口にする癖があった。
的中率は非常に高いとのことだが、俺に対してだけ妙に低い。
とはいえ、彼女もまたイイ女だ。
「惜しいなぁ! リカのフェロモンに興味津々になるのはもう少し後だったんだよなぁ! 俺、他の隊の報告聞くの結構好きだし! 他人の戦い方って参考になるからね!」
「あちゃー、少し早かったかー」とアヤが笑う。
「しかしながら、君の発言によって俺の興味はリカのフェロモンに移った! 佐伯隊は第1全8、トラブルなし! 以上! リカ、脚を組み直して! ここからならスカートの奥が見えそうだ! ほら! 頼むよ!」
俺は顔を横にしてテーブルに当て、必死にリカのスカートをのぞき込もうとする。
「吉岡くん、私には本当に変態路線で来るわね。いいわよ、見ていなさい」
リカは笑いながら脚を組み直す。
ついでに豊満な胸の下で腕を組んで、胸のシルエットを強調している。
「素晴らしい! 君は実に素晴らしい! エロスを理解している!」
「吉岡くん、次は吉岡隊の報告を頼む」
猿のように発情する俺に対し、相良が待ったをかけてきた。
宮坂の視線なみに滑らかなストップだ。
「いいでしょう! では、ナナ隊員! 吉岡隊の結果を報告したまえ!」
「はい! 吉岡先輩!」
ナナが嬉しそうに立ち上がる。
「吉岡隊は今日、私と吉岡先輩の二人で――」
「どうせ第2全8だろ。さっさと済ませろよ」
ナナの言葉を宮坂が遮った。
ナナの表情が曇る。
その瞬間、俺の顔から笑みが消えた。
「宮坂、それは違うよな?」
一気に場が冷え込む。
相良、佐伯、リカ、カホが身構える。
アヤの顔からも笑みが消えた。
「は? 何が違うって言うんだよ」
「君が俺に苛立つのはわかる。だからといって、ナナの楽しみを奪うのは違うんじゃねぇかと言っている」
「……宮坂、ナナに謝っとけ。今のは吉岡が正しい」
黒瀬が止めに入る。
「宮坂先輩、白瀬さんに謝ってください」
三船もここぞとばかりに続く。
相良と佐伯は宮坂のアクション待ちだ。
「宮坂くん」
スミレが強い口調で名前を呼ぶ。
これが決定打になった。
「……ナナ、すまなかった。お前の気分を害するつもりはなかった」
宮坂が謝った。
「いえ……。わ、私は大丈夫ですから……!」
「ナナ、続きの報告をお願いしてもいいか」
相良が話を進める。
「そうだぞ、ナナ! みんなに言ってやれ! 俺たちのラブストーリーを!」
「はい! ……って、ラブストーリー!? と、とにかく、今日は私と吉岡先輩の二人で第2階層に行きました。それで――」
ナナは最初、ぎこちなく報告していた。
しかし、時間が経つにつれて愉快げになった。
緊張がほぐれたのだろう。
「それで、私も第2階層の攻略証明を取得できました! 第1階層の攻略証明はまだですが……!」
ナナが嬉しそうに笑う。
「おめでとうございます、白瀬さん」
三船は複雑な表情ながらナナを祝った。
「試射だけでも攻略証明が取得できるんだ」
呟いたのはカホだ。
「ナナさんのユニークスキルによる支援が、有効参加条件を満たしたのだと考えられます。今の説明どおりなら、索敵によってボスを発見し、そのまま戦闘と討伐につながったわけですから」
「はい! 同じことを吉岡先輩も言っていました!」
「じゃあ、吉岡くんはそれを見越してナナを安全な場所から動かさなかったんだ」
「吉岡は自分だけ攻略証明を取得できたらそれでいいと思ってたんだろ」
宮坂が言う。
今度は俺に対する発言だったので、俺も気にしなかった。
「ぶっちゃけ、100%の自信があったわけじゃないなー! でも、ナナが取得できなくても問題はなかったぜ! 必要なら明日ないし後日改めてナナと第2階層に行けば済んでいたわけだしな!」
「妥当な判断だと思います。試射で様子を見た後とはいえ、初めて戦うボスであり、しかも相手はレベル9。ナナさんとのレベル差は6ですから、レベル差補正が生じています」
佐伯が補足する。
「ところで、ナナのクロスボウの習熟度がノーマルなんだよね。それで気になったんだけど、みんなも武器の習熟度ってノーマルなの?」
俺が尋ねると、場が一瞬静まった。
おそらく全員がステータスを確認しているのだろう。
「私はビギナーだよー」
最初にアヤが言った。
それを皮切りに皆が報告する。
ここまでは全員がビギナーだった。
そんな中――。
「俺はノーマルだな」
――相良が言った。
彼の武器は少し長めの剣だ。
いわゆるロングソードである。
両手でも片手でも扱える代物だ。
「相良とナナだけノーマルか。なんでだ?」
「ナナはわからないが、俺は剣道を習っていた。その影響かもしれないな」
「たしかに相良は、私たちより攻撃が鋭かったように見えたわね」
リカが言うと、相良は小さく笑った。
まんざらでもなさそうだ。
「私も転移前にクロスボウを扱った経験があります」
ナナが言った。
「クロスボウって無許可での所持が禁止されているよな! つまり君もスミレと同じで悪い子か!?」
スミレがくすりと笑う。
「スミレが悪い子なわけないだろ! ふざけるなよ!」
なぜか宮坂が吠える。無視した。
「父がクロスボウの選手なんです。選手といってもアマチュアですけど……。それで、私も父の影響で競技用のクロスボウを何度か……いえ、数え切れないほど触っています」
「なるほど、それで扱いにも慣れていたのか」
「白瀬さんがクロスボウ……知らなかった……」
三船が悔しそうに呟く。
「吉岡隊の報告も一段落したし、吉岡くんに一つ質問してもいいか?」
相良が手を挙げた。
「彼女ならいないよ!」
そう言うと、俺はリカを見て「立候補する?」とニヤける。
「してほしそうな顔ね」
リカがニヤリと笑い返す。
「そういう質問ではない」
相良がムッとした顔で言い、話を戻した。
「吉岡くんの覚えた魔法〈スター・ストライク〉は、レジェンド級になるとクールタイムがなくなるんだよな?」
「そうだぜ! だから連射し放題だ! バンバン!」
「それなら超高速で連射しまくれば戦闘が快適になるんじゃないか?」
「実際、快適にはなるぞ! ただ、超高速で連射するのは不可能だ」
「そうなのか?」
「仮習得でもすればわかることだけど、魔法って発動する際に念じるんだよ。お金の支払いとかと同じような感覚だ」
「吉岡くんが言いたいのは、念じる速度に限界があるため、超高速は難しいということですね」
佐伯の補足に、俺は「そうそう!」と頷いた。
「実際に可能な連射速度っていうと1秒に2~3回くらいかな。思いっきり急いで唾を吐く時と同程度だ」
「独特な比喩表現だが、おかげで理解できた。ありがとう」
俺は「どういたしまして!」と大げさに言いながら、ちらりと相良を見た。
(相良にしては珍しい質問だな)
相良はサークルの代表として質問が多いタイプだ。
しかし、今回のように「超高速で連射しまくれば」という仮定は出さない。
また、「戦闘が快適になる」という言い方も相良っぽくなかった。
そういうのは俺、梶原、早川あたりが率先して出すものだ。
で、佐伯が「理論上は――」と解説する。
(相良なりに戦い方を模索しているのかな)
聞いてみようかと思ったが、あえて何も言わずにおいた。
その代わりに――。
「やっぱり霧島隊、遅くねぇ!?」
俺は話題を霧島隊に向けた。
報告会が始まってから、かれこれ1時間以上経っている。
時刻は17時半を過ぎていた。
そんな時、遠くから金属のこすれる音が聞こえてきた。
ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてきている。
「この金属音……! 初期配布の重装備が奏でる“奴”の音だ!」
俺は確信した。
「戻ってきたぞ! 奮起の霧島が!」




