014 夜の契約
「俺という車にはアクセルしか必要ないのだが……ブレーキのない車は不良品と言われてしまう! それは本望じゃない! よって、カホは吉岡隊で決定!」
リカのことには触れないでおいた。
「吉岡くん、明日は今日みたいな無茶はさせないからね」
カホが目を細めて俺を見る。
「無茶の定義によるが……可能な限り配慮しよう!」
「カホさん、吉岡の配慮なんて言葉だけっすよ」と梶原が皮肉っぽく言う。
「拗ねるなよ梶原! 君のことも考慮はした! 一応な!」
俺は自分とユズの料理をチラリと見る。
二人ともすでに食べ終えていた。
「さて、吉岡隊のメンツは決まり、メシも食い終わった! 相良、俺は一足先に休みたいと思う! 宿屋のオススメとかあれば教えてもらえないか? 固定相場制ならいい部屋に泊まりたい!」
「すまないが、どの宿屋がいいかはわからない。ただ一つ言えるのは、部屋の区分によって宿屋が変わるということだ」
「区分? 例えば4人部屋の宿屋は全部4人部屋とかそういう感じ?」
「そうだ」
「補足しますと、宿屋はこの近辺にたくさんあります。統合都市メビウスは〈始祖の塔〉を中心として円状に区画が構成されており、中心区画は俗に『冒険者区画』と呼ばれ、冒険者専門店が集まっています」
佐伯がメガネをくいっと上げる。
「そういうことなら、適当に個室宿を探すか」
「え! 吉岡くん、いきなり個室宿にするの!? 一部屋2,800Gもするよ!?」
ユズが仰天する。
「ユズ、そこがポイントだ」
俺はニヤリと笑った。
「どういうこと?」
「一部屋2,800Gなら、二人で折半すれば1,400Gで済む。冊子を読む限り、俺の解釈が正しければ宿代の折半は認められている!」
と言いつつ、俺は「だよね? 佐伯さん!」と佐伯に振った。
困った時の佐伯である。
「私も同じように解釈しています。ただし、宿屋側が人数制限を設けている可能性は否めません」
「そこはレジェンド吉岡の交渉で切り抜けるさ! もっとも、二人なら交渉するまでもないと思うけどな!」
「相部屋なら800G+公衆浴場代150Gで950Gかかる。でも、個室の折半なら公衆浴場は不要だから1,400Gで済む……思ったより差がないね」
カホが真剣な顔で計算した。
「それで、吉岡くんは誰と折半する気なのかしら?」
リカが含みのある笑みを浮かべる。
「もちろん決まっている! それは――」
「俺っすよね!」という早川。
もちろん無視した。
「――君だ! ユズ隊員!」
「私!?」
「待てよ! あり得ないだろ!」
梶原がテーブルを叩いて立ち上がる。
周囲の冒険者が何事かとこちらを見た。
ユズではなくカホが「梶原くん」と注意する。
しかし、梶原は止まらなかった。
「認められるか! そんなもん!」
「どうしてだ?」
俺は真顔で尋ね返した。
唐突に俺が真顔になったので、梶原が「うっ」と言葉に詰まる。
「どうしてって、ユズは女だぞ! 同じ部屋なんてあり得るかよ!」
「冊子には男女で同じ部屋に泊まってはいけない、なんて文言はなかったぞ」
「補足しますと、男女で同じ部屋に泊まること自体はメビウスの法でも認められています」
「佐伯さん、その補足いらねーから!」
梶原がまたしてもテーブルを叩く。
「法律じゃなくて倫理の話だよ、俺がしてるのは! あり得ない! ダメ! 認められない!」
この発言を聞いた時、俺は思わずニヤリと笑った。
一方、相良とリカは額に手を当て「やっちゃった」と言いたげな顔をしている。
黒瀬も眉間を指で押さえてため息をついていた。
俺を含む四人、いや、おそらく佐伯を含む五人が、次の展開を読んでいた。
「だから、なんで私のことを梶原が決めるの? それやめてって、さっき言ったよね?」
案の定、ユズが怒ったのだ。
「いや……でも、あり得ないだろ!」
「あり得ないかどうかは私が決めるんだって。梶原は私の彼氏でも何でもないじゃん」
こうなると梶原は苦しい。
相手が俺ならいくらでも言えるが、ユズ本人となれば言い返せない。
何を言っても不利という最悪の状況だ。
「でも……いや、だから……その……」
結局、梶原はそれ以上、何も言えなかった。
「ではユズ隊員! 正式なオファーだ! 一緒の部屋でどうかな!? 特典として、先にお風呂に入る権利と、ベッドにダイブする権利を君に進呈しよう!」
「本当に!?」
ユズの目が輝く。
梶原の顔は真っ青に染まっていく。
「おう! ちなみに俺は法令遵守の男だ! 不同意によるわいせつな行為は一切しない!」
「ユズっぱいをぶんってやって『よし!』って言うのは不同意じゃないんだ!?」
「あれは伝統だ」
「意味わかんないんだけど!」と言いつつ、ユズは愉快げに笑っている。
そして、彼女は答えを出した。
「一緒の部屋でも……いいよ」
さすがにこのときばかりは、ユズの頬が赤く染まる。
梶原の顔はますます青くなった。
「やったぜ!」
「でも!」
ユズがすぐに止める。
「エッチなことはダメだよ? 私と吉岡くん、付き合ってるわけじゃないんだから!」
「知っているさ! それに吉岡くんは大学でも有名な好色家だ! 一人の女性と付き合うことはできない! 最低な奴だ!」
「自分で言うんだ!? あはは」
ユズがウケている。
「では、条件を整理しよう! エッチなことはユズが求めない限りダメ! 風呂はユズが先! ベッドダイブもユズが先! 他に希望はある? 例えば寝るときは背中を向け合うとか、洗濯は別にするとか、覗くの禁止とか! 吉岡くんは事前の取り決めを厳守するよ!」
「今のところ追加の希望はないけど、私があとから『これはダメ!』って言ったこともダメ!」
「よし、交渉成立! 契約の時間だ! 佐伯さん、契約書とペンを!」
「ありません」
さすがの佐伯でも契約書とペンは出せなかった。
「しかし、この世界では契約書とペンは必要ありません。双方が合意した時点で契約が成立します。また、意図的な契約違反には神罰が下るとされています。神罰の詳細はわかりませんが、この世界では恐れられており、契約の効力を担保しているのは確かなようです」
「つまり契約は絶対ということだ! よかったな、ユズ! これで君は契約という盾に守られ、俺と一緒の部屋で過ごすことができるぞ!」
「佐伯先輩のお墨付きなら安心できる!」
「私のお墨付きという表現はどうかと思いますが……」と佐伯が苦笑する。
「ではユズ隊員、本日最後の任務だ! 一緒に良い個室宿を探しに行こう!」
俺は立ち上がって敬礼する。
するとユズは嬉しそうに笑い、同じように立って敬礼した。
「了解であります! 吉岡隊長!」
「ユズ、すっかり吉岡くんに乗せられているわね」
リカがクスクスと笑っている。
「したらば我々はこれにて失礼! 早川、サキ、カホ、明日の朝、再びこの食堂で会おう! ご飯を食べたら第2階層を落としにいく!」
「私とサキは明日が初陣だから第1階層にして」
カホが強めの口調で指摘する。
さすがはお堅いイイ女だ。
早くもブレーキ役として機能している。
「おっと失礼! 承知した!」
俺は話を切り上げ、ユズと二人で食堂を後にした。




