011 仕様の判明
俺たちを転移させた主体、目的、選定理由――。
常人なら気にするその問いに、相良が答えた。
「誰が転移させたのかは不明だ」
「不明なの!?」
「日本的な感覚で言えば『神』が転移させたことになる。ただし、厳密には神ではない。なぜなら第30階層のボスは『メビウス・ゴッド』であり、そいつがこの世界では神だからだ」
「えーっと、第30階層のボスが神様だけど、そのボスが私たちを転移させたわけじゃないってこと?」
ユズが確認すると、相良が「そうだ」と頷いた。
「じゃあ、第30階層のボスは偽神様だ!」
ユズはそう言って座り直すと、俺の手を掴み、自分の肩に置いた。
さっきみたいに肩を抱き寄せろという意味らしい。
俺が応えると、嬉しそうに俺を見て頷いた。
「私たちの場合、第30階層のメビウス・ゴッドは偽神様という考え方でいいと思います」
佐伯が短く補足する。
「次に転移者の選定理由だが、これは完全に不明だ。セラさんなど、始祖の塔の職員が把握しているのは『もうじき新たな転移者がやってくる』ということだけであり、それが誰で何人かはわからないらしい」
「口を挟んで悪いが、本物の神様が俺たちを転移させている……というのはどうして分かったんだ? 始祖の塔の職員が転移者の到来を把握できる仕組みとかも不明だな」
俺が言うと、佐伯が「良い質問です」と頷いた。
ただし、佐伯が解説するより先に相良が言った。
「その点を話し出すと長時間コースになるが、かまわないかな?」
「いや、それは困るな……! ぶっちゃけ、俺はそこまで興味ないし……」
「なら、『転移者が現れる直前になると、始祖の塔にそれを告げるサインが生じる』『そのサインがいつ生じるかは職員にはわからない』という認識で十分だ」
「了解!」
「補足しますと、遥か昔は転移を実行している神様が始祖の塔に住んでいたようです。それがいつからか姿を消し、他世界からの転移だけが続いている。そして、神様がしていた転移者向けの説明を、今は始祖の塔の職員が代わりに行っている。詳しい歴史は残っておらず、具体的にいつからそうなったのかは不明です」
「わかりやすい! さすが佐伯さんだ!」
佐伯は何も言わなかったが、かすかに口角が上がっていた。
話が終わったのを確認すると、相良がユズへの回答を再開した。
「最後に目的だが、これははっきりしている。魔石を調達させるためだ。この世界――メビウスは、魔石を汎用エネルギーに変換し、それを活用することによって成り立っている。そのエネルギーが枯渇しないようにするには、誰かが危険を冒して魔物を倒し、魔石を調達しなければならない」
「それが転移者であり冒険者ってわけか」
「そういうことだ。呼び名が二つあるのは昔の名残らしい」
「かつては転移者だけでなく、メビウスで生まれ育った生粋のメビウス人も冒険者として活動していました。今はメビウス人が冒険者になることは禁じられており、転移者だけが冒険者として活動できます」
佐伯の補足に、俺とユズが「なるほど」と口を揃えた。
「じゃー、次は俺」と梶原が手を挙げる。
相良が頷くと、梶原が質問した。
「たしか日本に戻るには全30階層を攻略する必要があるんですよね。話を聞いている限り、俺たちは別に特別な転移者ってわけでもないみたいだし、ギルドにはすげーたくさん冒険者がいるし、普通に全30階層を攻略して元の世界に帰還した冒険者って、すでにいる感じなんすか?」
「います」と佐伯が即答した。
「全30階層を攻略した際の特典は、元の世界に帰還する権利ではなく、元の世界とこの世界を自由に往来する権利になります。そのため、私たちが全30階層を攻略した場合、日本とメビウスを自由に行き来できるようになります。元の世界に戻る場合は、始祖の塔で手続きをすることになります」
「佐伯さんが即答で断言するってことは、実際に元の世界に戻っていった連中を見たのか」
俺の言葉に、佐伯が「はい」と頷いた。
「男女二人組でした。残念ながら直接話を聞けたわけではないのですが、手続きをして帰還していくところを見ました。そして、その二人組が再び始祖の塔に戻ってきたところも確認しています」
「なーんだ。じゃあ、俺たちが全30階層を攻略しても英雄扱いにはならないのか」と梶原が頭の後ろで手を組む。
「梶原、ちょっとやる気なくした?」とユズがニヤニヤする。
「まぁな。帰還者第一号になろうと思ってたからさ」
「でも梶原、第1階層のザコにビビってたんでしょ?」とサキが茶化す。
梶原の顔がたちまち真っ赤になった。
「うるせー! サキだって実際に魔物と対峙したらビビるって! つかユズ、そんなことまで話すなよ!」
「ユズ隊員はしっかり報告しまーす!」と、ユズは愉快げに笑った。
「梶原先輩の質問も終わったし、最後は俺っすよね!」
ここまで静かだった早川が立ち上がった。
ダンジョンにいたときの元気が戻ってきているようだ。
「俺の質問はもっと現実的なやつっす!」
「というと?」と相良。
「この世界の物価ってどのくらいっすか!? 今4,700Gくらい持ってるんすけど、それが多いのか少ないのか分からなくて……!」
「物価の認識は冒険者専門店かどうかで変わる。専門店の場合、固定相場制になっていて、通常の店よりコスパがいい。細かい数字を省いて言えば、最低限の生活は数日送れる……ということだ」
「じゃあ、細かい数字を出すとどうっすか!?」と、早川は佐伯を見た。
その瞬間、佐伯が待ってましたとばかりにメガネをくいっと上げて説明する。
「料理はシンプルセットが350G、ノーマルセットが700Gです。一泊あたりの宿代は4人部屋で500G、相部屋で800G、個室は一部屋2,800Gになります。個室以外の部屋には浴室が備わっていないため、4人部屋や相部屋に泊まるなら、事前に公衆浴場で体を綺麗にする必要があります。公衆浴場は150Gで利用できます」
「全体的に安いっすね! もっと上のセットとかもあるんですか?」
「もちろんあります。例えば食事の場合はさらにデラックスセットとゴージャスセットがあり――」
「ストーップ! 佐伯さん、説明はそこまでだ! ここで料金を全て語られても覚えきれない!」
佐伯が「失礼しました」と話を止める。
「ていうか、早川、追加で確認するなら冒険者専門店のほうだろ! なんだよ専門店って!」
俺がツッコミを入れると、早川が「たしかに」と笑った。
「冒険者専門店というのは、ギルドと提携している店のことを指す。名前のとおり冒険者しか利用できない。このギルド内に併設されている食堂もそうだ。深く考えなくていいと思う。冒険者区画にある店は全て冒険者専門店だし、この世界では先払いが基本だ。うっかり一般の店を利用して、予想外の価格に困るといった事態は起きない」
「なるほど」
「他にも質問があれば、答えられる範囲で答えよう」
相良が言うものの、ユズ、梶原、早川は手を挙げなかった。
「なら、俺からもう一つだけ。エリナが言ってた階層の『リセット』ってどういう意味?」
「リセット……? なんだったかな……」
相良が首をかしげる。
それを見て、佐伯が代わりに答えた。
「この世界の階層は、全てインスタンスダンジョンになっています。インスタンスダンジョンというのは――」
「パーティーごとに独立したエリアってことっすよね! 同じ場所でも、他の人と狩場争いにならなくて済むためのシステム!」
早川が口を挟む。
「そのとおりです。吉岡くんたちが第1階層で他の冒険者を見かけなかったのも、この仕様が理由です。そして、リセットというのは、新しいインスタンスダンジョンを生成する行為を指します。方法は『ギルドの受付で申請する』か『ボスを討伐する』かのどちらかです。後者の場合、PTメンバー全員が階層から出た時点で自動的にリセットされます」
「なら、俺たちがもう一度第1階層に行ったらボスが復活しているわけか」
「そのとおりです」
「冒険者にとって最大の収入源が依頼報酬なのは、身をもって分かっていると思う。なので、冒険者によっては複数の階層で通常種の討伐依頼だけこなして回る者もいるそうだ」
今回は相良が補足した。
その説明で新たな疑問が生じたが、俺が口にするより先に佐伯が答えた。
「同じ討伐依頼を1日に繰り返し受けることはできません。ただし、0時を過ぎれば再び討伐依頼を受けることが可能です」
「じゃあ、その日に攻略しきれなかった依頼はどうなるの?」
「0時になった時点でリセットされます。なので、0時付近に狩りをする際には注意が必要です」
「そんな夜に狩りをする人なんていないよー!」とユズが笑う。
「佐伯さんがわざわざ言うくらいなんだし、ダンジョン内は夜にならないんじゃないか?」
「少し違います。正確には天候や昼夜が変わりません。夜のダンジョンならずっと夜ですし、晴れのダンジョンならずっと晴れです」
「これは豆知識だけど、メビウスでは雨や雪が降らないらしいよー!」とサキ。
「メビウスってのは、この都市のことだよな? それともダンジョンも含めての話?」
「この都市のこと! 統合都市メビウスって言うらしいよー!」
この報告会で、大体のことが聞けた。
なんだかんだで2時間近く話したため、窓の外はすっかり夜になっている。
そうなると、残っている問題は一つだ。
「……霧島、遅い」
ミオが呟いた。
そう、最初に出て行った男がまだ戻っていない。
「ふと思ったんだけど、今の霧島ってかなりまずくないか?」
俺はユズの肩から手を離し、真面目に話す。
「たしかにまずい。怪我をしている可能性がある」と相良。
「いや、怪我をしているならまだマシだよ。問題は怪我をしても助けに行けないことだ」
皆が「あっ」と口を開いた。
この世界の階層は全てインスタンスダンジョンだ。
もし霧島がダンジョンにいるなら、俺たちには何もできない。




