010 報告会
「あはは! 冗談だよ! 吉岡くんに反応してもらいたくて、わざとやったの!」
ユズはベーと舌を出すと、「ユズっぱいの仕返しだ!」と笑った。
それから、上機嫌で今日の活動を報告し始めた。
報告内容は驚くほど正確だった。
聞いているだけで情景が目に浮かぶほどだ。
「――で、最後は吉岡くんが私の槍に飛び乗って、梶原の双剣を振り回しながら『キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!!!!!!!!!!!』って大暴れ!」
俺の奇声まで完璧に再現している。
この報告を受けて、女子の大半が笑っていた。
「吉岡くんの勢いは異世界でも相変わらずのようね」とリカ。
「……槍に飛び乗るのは、見たかった」
かすかに口元を緩めて呟いたのは三年のミオだ。
白銀の長い髪が特徴的で、ユズと並んで小柄である。
ただし、ユズと違って胸も小さい。
物静かな雰囲気のとおり、大学では図書館でよく見かけた。
俺が思うに、彼女はおそらく皆に誤解されている。
「たしかにすごいけど、ボスに挑んだのは賛同できないかな。ヤバくなったら逃げるって、実質的に無策だから」
女子の中で唯一笑っていなかったのがカホだ。
彼女も三年で、佐伯と並んでアンチテーゼの幹部である。
つまり、お堅いイイ女ということだ。
ただ、今の発言は水を差しているわけではない。
俺が撤退プランを正確に示していたら、カホは手放しに褒めていただろう。
彼女はそういうタイプだ。
「相良、さすがにこれは参考にできないんじゃない? 吉岡くんだからこそ成立した作戦だもの」
リカが口元に笑みを浮かべて髪を掻き上げる。
当然のように彼女のそばに座っている相良は、少し考えてから言った。
「戦術はそうだが、敵の情報は参考になった。特にゴブリンの行動がわかったのは大きい」
相良は俺たちに「ありがとう」と「お疲れ様」を言って黙る。
一方、他の男子の反応はというと、女子に比べてよくなかった。
例えば黒瀬は、少し考え込んだあと、腕を組んで「無茶苦茶だな」と言っただけだ。
彼らの渋い反応には理由がある。
彼らの大半はサークル内の女子に想いを寄せていて、俺を煙たがっている。
そして、俺はサークルの女子にもガンガン絡んでいく。
早い話が、勝手に恋愛上の脅威と見なされて警戒されているわけだ。
梶原と同じである。
「ただいま戻りました」
「いやー、すっかり元気になったわー。別に元から平気だったけど」
佐伯と梶原が戻ってきた。
梶原の額にあった傷が完全に消えている。
「梶原、思ったより早かったな! 治療所の魔法ってどんなことされるの? 教えてくれよ!」
俺はユズの肩を抱き寄せたまま言った。
ユズも俺の腕の中で「知りたい!」と声を弾ませている。
無論、その様子を見た梶原の表情は険しくなった。
「話すけど、その前にユズから離れろよ。近すぎだろ」
「問題か?」
「ユズが嫌がってる」
場の空気が冷え込む。
「私、全然嫌じゃないんだけど。梶原が嫌なだけでしょ?」
ユズの言葉に、梶原が固まった。
「だそうだぞ! だから問題なし!」
「うん! 問題なし!」
さすがの梶原も、こうなっては反論できない。
舌打ちすると、テーブルを挟んだ向かいの席に座った。
「治療だけど、ぶっちゃけよくわからなかった。なんか体が光って、風呂に入っている時のような温かい感じになって、次の瞬間には終わってた」
梶原の説明は、あまりにも下手くそだった。
ユズの報告のあとだから、なおさらひどく聞こえる。
しかし、要点は押さえていた。
だから、俺だけでなく、他のメンバーも何も言わなかった。
そういうものなんだ、というのが全員の感想だろう。
「ありがとう、梶原! それで相良、今度は俺たちから質問してもいいかい? こっちは短縮版だからわからないことだらけでさ!」
相良は「もちろんだ」と頷いた。
「情報は共有したほうがいい。ただ、セラさんの説明をそのままここでしても長時間コースになってしまう。吉岡くんの望むものではないはずだ」
「さっすが相良! よく分かってる! だから質疑応答形式で行こう! 俺、梶原、ユズ、早川の四人で疑問に思ったことを聞くから、それに相良や佐伯さんが答えてくれればいい!」
「わかった」
「じゃあ、最初は俺からな!」と、俺は手を挙げる。
すかさずユズが「二番手は私!」と続いた。
「吉岡くん、一人一問だからね? 私だって質問したいんだから!」
俺は「はいよ」と笑い、相良に尋ねた。
「この世界のお金――ゴールドって、どうやって使うの? なんか狩りとか討伐依頼で稼いだんだけど、そもそも使い方が不明なんだよな」
「そのことについて回答するためには、まずはゴールドの成り立ちから――」
佐伯が説明を始めた瞬間、相良が手で制した。
「佐伯、待て。吉岡くんに長い前置きは不要だ。俺が答えよう」
「わかりました」
「吉岡くんの質問はゴールドの使い方だが、その答えは『念じること』だ」
「また念力かよ!」
俺のツッコミに、梶原も「この世界の念力、便利すぎない?」と苦笑する。
「この世界――メビウスには、地球のような現物の通貨が存在していない。イメージとしてはキャッシュレス決済に近い」
「端末にピッとする代わりに念じるわけか」
「そうだ。例えばリンゴが100Gで売られていたとする。吉岡くんがそれを買いたい場合、店主に『この100Gのリンゴを買いたい』と伝えるだけでいい。店主が承諾すれば、双方が合意したと見なされ決済が完了する」
「なるほど。念じるといっても、毎回『100ゴールドを払うぞ!』って思う必要はないわけか」
「そうだ」
「補足しますと、冒険者間で金銭のやりとりをすることは原則的に禁止されています」
佐伯がメガネをくいっと上げながら言った。
「原則ってことは例外もあるの?」
「はい。例えば吉岡くんがユズさんに食事をご馳走したい場合――」
「え! 吉岡くん、奢ってくれるの!?」とユズが目を輝かせる。
「いや、佐伯さんの例だからな? ま、いつか奢ってやろう」
「やったね! ユズ隊員、さっそく厚遇!」
俺は「ふっ」と笑うと、佐伯に続きを促した。
佐伯は律儀に「続けます」と言ってから話を続ける。
「ご馳走したい場合、形式的には吉岡くんが自分の分として二人分の料理を注文し、その一つをユズさんに無償で分けることで実現できます。他にも、事前に使途を明示し、返済期限を設けた上で、なおかつ無利子であれば、他人に貸し付けることが可能です。これも実質的に冒険者間でお金をやりとりする例外と言えるでしょう。なお、これらは短縮版の説明にもあった『冒険者は他の仕事でお金を稼ぐことはできない』というルールを守るための措置になっています」
「じゃあ、ご飯を奢るのも仕事に入るんだ!?」とユズ。
「ユズさんの疑問はもっともです。その点について回答しますと――」
「いや、いい! そこは回答しなくていいよ佐伯さん!」
今度は俺が佐伯を止めた。
間違いなく、どうでもいい説明が延々と続くパターンだからだ。
「俺も吉岡くんと同意見だ。そこは省略していい」
「わかりました」
そう言う佐伯は、ほんの少しだけ悲しそうな顔をしていた。
「じゃあ、次は私の質問!」
ユズが俺の腕の中から飛び出し、手を挙げて立ち上がった。
皆が静かにユズを見る。
「私の質問は、ずばりこれ! 私たちは何で選ばれたの? そもそも誰が何の目的で転移させたの?」




