009 サキと黒瀬
「全8攻略とは、通常種5種、危険個体2種、ボス1種の計8種の敵を全て倒したことを指します。メビウスでは、どの階層でも敵の区分は通常種5種、危険個体2種、ボス1種と決まっています。そのため、冒険者間では『第1全8』と言うだけで『第1階層のボスまで全部』という意味で伝わります」
「「「「へぇ!」」」」
佐伯の説明に、俺たち四人は納得した。
「吉岡くんは先ほどボスまで倒したと言っていたので、私は『全8攻略なのか?』と問いました。ですが、今にして思えば、覚えたての言葉を使ってみたかっただけなのかもしれません。吉岡くんたちがボス以外の敵を全て倒したという確証はありませんでした。決めつけてしまい、申し訳ございません」
佐伯が頭を下げる。
俺は慌てて「いやいやいや!」と制した。
「謝らなくていいって、佐伯さん! 佐伯さんの認識で合ってるよ! 俺たち、第1全8だ!」
「初日からそれは、本当にすごいですね」
「吉岡くん、よかったら後で詳しく聞かせてくれ。他のメンバーの攻略に役立てたい」
「いや、断る!」
「断る!?」
相良の声が裏返った。
「第1全8がすごいことはよくわかった! だから、報告は俺じゃなくてユズ隊員に任せよう! 自分で語るより、隊員に語ってもらうほうがすごさが伝わるだろう! そういうことだからユズ隊員、頼んだ!」
俺が敬礼すると、ユズは顔をパッと明るくした。
「こちらユズ隊員、頼まれました!」
ユズが嬉しそうに敬礼を返す。
「まぁ、吉岡が報告すると話を盛りまくるから、ユズのほうがマシだな」と苦笑する梶原。
「でも、今日の吉岡先輩、マジでヤバかったっす! 普通に報告しても盛ってるようにしか聞こえないっすよ!」
早川が興奮した口調で言う。
「とにかく四人は受付での報告を済ませてきてくれ。そのあと、梶原は佐伯と治療所だ。他の三人も怪我をしているなら治療所に行ってくれ」
相良が話を進める。
「俺たちは大丈夫だ。攻撃を受けた間抜けは梶原だけなんでな!」
「梶原、双剣を選んだくせにビビって前に出られなかったしね!」
「否定できないのがつれぇ!」
話していると、エリナのいる受付が空いた。
「今だ!」
俺はすぐさま滑り込み、エリナの前に立つ。
「吉岡くんは、あの受付嬢と何かあるのでしょうか」
「きっと口説いている最中なのだろう。吉岡くんの場合は他に理由がない」
佐伯と相良の話し声が聞こえる。
目の前のエリナにも聞こえているはずだが、彼女は気にしていなかった。
「おかえりなさい、吉岡さん」
「ただいま! 俺のエリにゃん!」
「俺のでも、エリにゃんでもありません。ただのエリナです」
「そうとも言う! さて、第1全8攻略だ! ログの見間違いでなければ、攻略証明とやらも取得したぞ!」
「転移初日に全8ですか」
エリナは目を丸くした。
その反応は、先ほどの佐伯と全く同じだ。
ただし、彼女の場合は自分で答えにたどり着いた。
謎のキーボードをカタカタと叩き、「たしかに」と頷いたのだ。
「攻略証明の取得と討伐依頼の達成を確認しました。依頼報酬をお支払いしますね」
次の瞬間、視界にログが表示された。
---------------------------
【依頼報酬ログ】
・[通常]土くれゴブリン:260G
・[危険]大牙ボア:300G
・[危険]牙群れアルファウルフ:400G
・[ボス]草冠トロル:700G
総額:1,660G
所持金:2,927G → 4,587G
---------------------------
所持金が一気に4,500Gを突破する。
やはり依頼報酬は大きい。
「そして、これだ!」
俺は持ち帰った魔石をカウンターに積んだ。
「確認しました。総額は480ゴールドで、4人で分配すると1人あたり120ゴールドです。今回は残余が発生しておりません」
言葉どおりのログが表示される。
---------------------------
【魔石換金ログ】
・[通常]土くれゴブリン:20G×3個=60G
・[危険]大牙ボア:50G×1個=50G
・[危険]牙群れアルファウルフ:70G×1個=70G
・[ボス]草冠トロル:300G×1個=300G
総額:480G
分配人数:4人
分配後:120G / 残余:0G
所持金:4,587G → 4,707G
---------------------------
「報告は以上でよろしいでしょうか?」
「よろしい! ただし、覚えていてくれ! この世界にもう少し詳しくなったら、必ず君を口説く! 俺のエリにゃん!」
「わかりました。楽しみにしていますね」
「お! マジで!?」
「はい。ですから、明日も無事に帰ってきてくださいね」
エリナがニコッと微笑む。
「すごいな、あの受付嬢。吉岡くんに迫られても受け流しているぞ」
「異世界に転移したことよりも驚きました」
「聞こえているぞ! 相良ァ! 佐伯さん!」
佐伯が「失礼しました」と言ってメガネをくいっと上げる。
「では、梶原くん、治療所へ行きましょう」
「へーい」
佐伯と梶原がギルドを出ていく。
「相良はどうするんだ? 霧島が戻るまでここで待っているのか?」
俺が尋ねると、相良は少し考え込んでから首を振った。
「いや、俺も一緒に皆のところに行こう。吉岡くんたちの報告を直接聞きたい」
「なるほど。よかったな、ユズ隊員! リスナーが一人増えたぞ!」
「やったね!」
俺たちは相良の案内で、ギルド奥の集合用スペースに移動した。
「思ったより区画が分かれているんだな」
奥のスペースは、細かく区切られていた。
といっても、居酒屋の半個室のような区切り方だ。
完全な部屋にはなっておらず、周囲の声も聞こえてくる。
「それに広い! 相良先輩がいなかったら迷っていたかも!」
ユズは早く報告したくて仕方ない様子だ。
早川は疲労感が勝っているのか、いくらか興奮が冷めていた。
「ここだ」
相良が足を止めたのは、中央付近の区画だった。
間仕切りには等間隔に張り紙が貼ってある。
どの張り紙も内容は同じで、『大人数用:受付で事前に申請すること』と書かれていた。
また、仕切りには表札をかけられるようになっていた。
そこに『アンチテーゼ』と書かれた札がかかっている。
「戻ってきたわね」
中に入るなり、リカが俺を見て言った。
その目が素早くユズと早川も捉える。
相変わらずフェロモンムンムンのイイ女だ。
お尻をペンペンしたくなる。
「待たせたようだな! 野郎ども! イイ女たち!」
俺はその場にいた者たちに向かって言った。
つまり、俺、相良、佐伯、ユズ、梶原、早川、霧島を除く11人が対象だ。
それだけの人数がいても、長テーブルを囲む席の過半数が空いていた。
「今度は転移しなかったね。吉岡くんの『野郎ども、イイ女たち』で日本に戻れるかと思ったのに」
そう言って笑ったのは二年のサキだ。
茶色のポニーテールで、笑顔が似合うイイ女だ。
ユズと同じく明るい性格で、社交性が高い。
「そういえば、サキが長時間コースを受講したのは意外だったな。君の性格的に短縮版で済ませそうだったが」
俺が言うと、サキは「いやあ」と苦笑しながら頭を掻いた。
「実は私も短縮版を聞いた後で動こうと思ったんだけどさ、足がつって動けなかったんだよね。でも、長時間コースを受講したおかげで500G追加でもらえたから!」
「足がつるって……おじいちゃんじゃん!」
ユズは愉快げに笑うと、サキの武器を見て「あ!」と声を上げた。
「サキの武器、私と同じやつだ!」
「本当だ。よく見たら私とユズ、武器だけじゃなくて防具まで一緒じゃん。私たち気が合うね、ユズ」
サキが笑うと、ユズは嬉しそうに頷いた。
「でも、私はもうレベル2だから! 私のほうが先輩ね!」
ユズが小さな体で胸を張る。
俺の視線は胸の谷間に釘付けだ。
「……さっさと座って話を進めろ」
すかした口調でそう言うのは四年の男子・黒瀬だ。
口数の多いタイプではないが、かといって寡黙でもない。
今のように、場が停滞しそうになると一言口を挟むタイプだ。
「黒瀬に同感だ! ユズ隊員、今日の戦果を皆に報告してあげなさい!」
俺はユズと並んで座ると、ユズの肩を抱き寄せた。
ユズは一瞬驚いたものの、あっさり受け入れ、「うん!」と声を弾ませる。
「私、吉岡くん、梶原、早川の四人で……第1全8! 以上!」
「雑すぎるだろ! ここまでのウキウキぶりからは想像もつかない雑な報告だな、おい!」
思わず俺がツッコミを入れてしまった。




