107 静かな食堂
今宵の食堂は、恐ろしいほど空いていた。
ギルド内でも屈指の広さなのに、大半の席が空いている。
なので、俺たちは適当な場所でテーブルをくっつけて固まった。
「異様に人が少ないけど、何かあったのかな?」
切り出したのはカホだ。
「佐伯、何か知っているか?」
相良が尋ねつつ、店員を呼んで注文する。
今日も全員がノーマルセットを頼んだ。
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【支払ログ】
食事:ノーマルセット
支出:700G
所持金:21,797G → 21,097G
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「推測ですが、何かしらのイベントが影響しているのだと思います。朝、ギルドの掲示板を確認していたところ、イベントに関する張り紙を見かけました。この時間ですと、冒険者区画内の酒場で開かれている飲み放題イベントの可能性が高いです。ノーマルセット以上を注文すると、ドリンク飲み放題が無料で付いてくるというものです」
「どう考えてもそれじゃん!」と、向かいの席のユズが声を上げる。
「佐伯、そういうイベントは共有してくれると助かる……」
相良が苦笑すると、佐伯は「失礼しました」と頭をペコリ。
「そういえば店で飲み物を別に注文したことってないな。セットについてくるミルクとかは飲んだけど」
俺はいつも通り焼き肉をライスバウンドさせて頬張る。
隣に座っているミオが、「……私も」と言って天ぷらを食べた。
「高いからオススメしないよ。単品で1杯500G、飲み放題で3,500Gだから」
カホが言うと、何人かが「高ッ!」と反応した。
その何人かには俺も含まれている。
「そんなところで無駄金を使えるかよ。水で十分だ」
霧島は今日もオリジナルのカツ丼を食べている。
それからコップに入った水を飲み干し、店員に水のおかわりを頼んだ。
「ドリンクを単品で頼んだことのある者は?」
相良の問いに皆が首を振る。
「霧島の言うとおり、無駄金を使う余裕はない。そんな金があれば自分に投資する」
そう言う宮坂は、妙に嬉しそうだ。
それもそのはずで、彼の隣にはスミレが座っている。
なお、スミレのもう一方の隣には黒瀬も座っていた。
「ミオ、天ぷらって美味い? 一つもらっていい?」
「……うん。でも、吉岡くんのお肉も、少しわけて」
「オッケー!」
俺とミオは互いのおかずを少し交換する。
「うん、美味い! 外はサクサク、中はフワフワだ!」
「……この世界のお魚、美味しいよね。天ぷらも、焼き魚も、刺身も」
「肉も美味い!」
ミオが「そうだね」と笑った。
「むぅ……!」
ユズが頬を膨らませて睨んでくる。
「どうしたのかな? ユズ太郎くん」
「ユズ太郎くんは拗ねています。最近、吉岡くんがかまってくれないから」
「今、誰がどう見てもミオといい感じの空気を楽しむ時間だろ」と俺は笑った。
「だから拗ねているの! ナナも拗ねてるよね!?」
少し離れた席に座っていたナナは、急に振られて「え!?」と驚いた。
それから、遠慮気味に俺を見ながら言う。
「拗ねてはいませんが……寂しいと思う時がしばしば……」
ユズが即座に「ほら!」と声を上げる。
「吉岡くん! ハーレムランドの住民たちが苦情を言っているよ!」
「そう言われても、今は〈均等な愛作戦〉の最中で、俺は一人しかいないんだ! 許してくれ!」
「じゃあ、あとで私とナナのこと、撫で撫でして、ぎゅっとして、キスもしてね!」
「わ、私もですか!?」とナナが顔を赤くする。
「だって私だけだと浮くじゃん!」
「すでに浮きまくりだけどな」
梶原が呆れたように笑う。
少し寂しそうではあるが、以前ほど嫉妬をむき出しにしていない。
俺の見たところ、梶原は転移後にもっとも成長した人物だ。
「別にナナが嫌なら私一人でもいいけど?」
「い、いえ、嫌とは言っていません! 私も、その、撫で撫でとかしていただけるなら、してもらいたいです……!」
ナナが顔を真っ赤にしながら言う。
三船は相変わらず「白瀬さん……」と呟いて泣きそうな顔になっていた。
「ユズさん、私は含まれないのですか?」
スミレがにこやかに尋ねる。
「スミレは違う」
宮坂が即座に言う。
「宮坂、違うのはお前だ。スミレの意思を縛ろうとするな」
「うるせえ! スミレは違うんだよ! 吉岡に洗脳されてるんだぞ!」
「宮坂くん、私は洗脳されていませんよ。そんなに騒がれると困ります」
スミレは悪い子の顔で言った。
「宮坂じゃないけど、スミレは違う! なぜならスミレは、ちょっと前まで吉岡くんを独占していたから!」
「そ、そうです! スミレ先輩まで入ってくると私の影が薄れるのでダメです!」
スミレが「困りましたね」と笑う。
「ユズとナナが苦情を言うのは、吉岡くんの管理能力不足ね。ハーレムランドを建国したいなら、住民の満足度も考えなさい」
リカが面白がるように笑う。
「そういうこと! だから、あとで撫で撫で! ハグ! キス!」
ユズが大声で喚くので、俺は「はいよ」と苦笑した。
「ミオ、ごめんな。どうやら俺はまだハーレムキングじゃないようだ。今日は君の日なのに、他の女性とばかり話してしまっている……!」
「……大丈夫。でも、今日は私の日だから、このあと防具屋に付き合って」
「お! 防具を新調するのか! 奇遇だな! 俺もその予定だ!」
「吉岡くんたちもでしたか。実は戸塚隊も今日は防具の更新を予定しています」
佐伯が言った。
「すると、このあとの防具更新で全員の武器と防具がEランクになるな!」
佐伯は手帳を取り出し、確認してから「そうなります」と頷いた。
「佐伯、今日も装備の更新予定みたいなリストをまとめるなら、俺の名前を入れておいてくれ。Eランクの戦技〈バースト・ステップ〉を購入する予定だ。吉岡くんの報告を聞いて、最初に教本を買うならそれにしようと決めていた」
相良が言った。
(そういえば、相良って報告会で〈バースト・ステップ〉に関心を示していたな)
当時のことを思い出す。
その間にも、話はどんどん進んだ。
「佐伯先輩、俺も相良さんと同じです!」
早川が手を挙げる。
「相良さんと早川くんがEランクの教本ですね」
佐伯は確認しつつ、手帳にメモを取っていく。
「佐伯、俺は〈パリィ〉を買う予定だ。念のために言っておく」
「佐伯さん、俺も黒瀬さんと同じく〈パリィ〉で頼みまーす」
黒瀬と梶原が言うと、佐伯は「わかりました」とペンを走らせる。
「佐伯、俺も教本を買う予定だ。ただ、今の時点では何にするか決まってねえ」
霧島が名残惜しそうに空の丼を見つめながら言った。
それにリカが「私もよ」と続き、他にも多くのメンバーが教本の購入の意思を示した。
「詳細が決まっていない人については、購入後の報告で問題ありません。また、こちらのメモは全員の消費動向や経済状況を把握するのに使用していますが、報告は義務ではありません」
佐伯は手帳を閉じた。
「さて、食事も終わり、報告も一段落した! 明日の編成を決めるとしよう!」
「そうだな。スミレ、明日は俺の隊に来てもらえないか?」
相良は電光石火の早業でスミレを勧誘した。
「ちょっと待ってくれよ! 相良さん! ありえないだろ!」
宮坂がテーブルを叩いて反論する。
霧島は何も言わずに相良と宮坂を交互に見た。
「宮坂くん、落ち着いてください。判断するのは私です」
スミレの口調が強めだったので、宮坂は「すまん」と黙った。
とはいえ不満が残っているようで、ブツクサ呟いている。
「スミレを誘う理由は、明日の第5攻略に協力してもらいたいからだ。吉岡式訓練プログラムで技能訓練はするが、その前に第5階層までは攻略証明を取得しておきたい。戦力的には今の5人で十分だが、スミレがいれば万が一の保険になる」
スミレのユニークスキル【聖花の結界】は、相良の言うとおり保険になる。
毎回『ブリーフィング』とやらを行う相良の性格上、スミレを誘うのは妥当だ。
「わかりました。お役に立てるのであれば、明日は相良隊でよろしくお願いします」
スミレが頭を下げる。
相良も「助かる」と頭を下げた。
「スミレが抜けたら霧島隊はどうなるんだよ!」
宮坂が喚く。
「別にどうにもならねえ。元々、スミレは第5攻略のために臨時で入ってもらった。お前が決めたことだろ」
霧島が言うと、宮坂は完全に沈黙した。
「別に明日の霧島隊は三人でも問題ないっしょ。メインになるのは技能訓練なんだし。霧島さんと宮坂が教本を買うなら、ローテーションを組んで第1を周回すればいい。一人が攻略、残り二人が訓練。第1ならソロでも余裕だし」
梶原が頭の後ろで手を組む。
「悪くねえ案だ。それなら三人とも技能の訓練ができる。それに自分がソロの時に手間取ったら、自分の訓練時間が減る。だから必然的に急ぐようになる」
霧島が唸るように言った。
「面白い案ですね、梶原くん」
佐伯がメガネをくいっと上げる。
「まあ、俺、これでも吉岡と並んでレベル20なんで」
梶原が照れくさそうに笑った。
「本当に成長したなぁ! 梶原、立派だぞ!」
「吉岡、お前のそれは褒めているのか茶化しているのかわからねーよ」
と言いつつ、梶原は嬉しそうだった。
「梶原の案、めっちゃいいじゃん! サキ、私たちも採用しようよ!」
ユズが言う。
このままでは話が脱線して編成に戻らなくなってしまう。
「待て、そういう話は俺のペアが決まってからにしろ! 相良はスミレを誘い、スミレは承諾した! 今は以上だ! 次は俺のペアを決める時だ!」
俺は軌道修正を図った。
相良が「賛成だ」と頷いたが、即座に次の問題が起きた。
「その前に一ついいかな?」
サキが手を挙げたのだ。
「お! サキ、明日は君が俺とのデートを希望するのか!?」
「いやー、そうじゃなくてさ」
サキが後頭部を掻きながら笑う。
それから、相良に向かって言った。
「明日、外部の冒険者と組みたいんだけど……ダメかな?」
その一言で、空気が変わった。




