105 壁
戸塚の視線が霧島からミオに向く。
「ミオ、俺は……ミオのことが好きだ。それで、昨日、ずっと考えていた。俺に足りないものは何か。どうすればいいのか。後悔もしたけど、それ以上にこれからのことを考えた」
「……その結果が、今日の戦果や、明日の第5?」
戸塚は真剣な顔で頷いた。
「俺は吉岡みたいに強くない。だからといって、このまま指をくわえて眺めるだけで済ませる気はない。だから、俺ももっと頑張ることにした」
俺は思わず口を挟みそうになった。
それは違うんじゃないか、と。
だが、わざわざ俺が言うまでもなかった。
「……それは、違うと思う」
ミオが言った。
「違う……?」
戸塚の顔がこわばる。
「……ユウゴには、ユウゴの良さがある。慎重に進むのは、悪いことじゃない」
「でも、ミオは吉岡のほうに行った」
「……ユウゴは、混同してる。戸塚隊の方針と、ユウゴの私情を。私は、それは違うと思う」
カホが静かに頷いた。
「じゃあ、どうすればいいんだ。俺は、嫌だ。ミオが吉岡と……吉岡だけじゃない。他の男と親しくなるのは嫌だ」
なぜか霧島が舌打ちする。
梶原と三船は、妙に真剣な顔で頷いていた。
「……どうすればいいかは、私にもわからない。でも、今のユウゴは間違ってると思う」
言い終えると、ミオは「ごめん」と戸塚に頭を下げた。
「「「………………」」」
非常に気まずい空気が流れる。
誰も口を開かない。
(仕方ない、アレやるか)
俺はこういう局面に備えて、普段からネタを仕込んでいる。
その一つを披露することにした。
「なんだ! このシケた空気は! 三船、俺たちで払拭するぞ!」
「僕ですか!?」
驚く三船。
「いいからこっちにこい!」と俺は立ち上がる。
三船はなぜかナナの顔を見た後、スタスタと俺の隣にやってきた。
「吉岡くん、この空気の中で何をする気なの!?」
ユズがワクワクした様子で見ている。
サキは「すでに嫌な予感しかしない」と笑っていた。
「では今から、俺と三船でショートコントをします。ご覧ください。ショートコント『壁』」
「え、僕が壁役ですか!?」
「アホ! 壁役をするのは俺に決まってるだろ!」
そう言って三船の頭を軽く叩くと、「どうも、ありがとうございましたー!」と俺は深々と頭を下げた。
「どうかな? 渾身のショートコント」
「……くだらねえ」
霧島が呆れ顔で言った。
「吉岡くん、普通に滑ってるじゃん!」と言いつつ、ユズは笑っている。
「いやー、やばいでしょ。この空気でやることがそれ? しかもマジで滑ってた」
梶原も笑う。
「三船、お前の壁役が下手なせいで俺が滑ったことになったじゃないか!」
「え、僕のせいなんですか!?」
「そうだぞ! もういい! 戻れ! お前はクビだ! 次から早川にする!」
「ちょ! 吉岡先輩、勘弁してくださいよ! 吉岡先輩のことは尊敬してるけど、酷いネタの相方はきついですって!」
早川が空気を読んで大げさに言う。
「まあ、場の空気を戻すことには成功したんじゃない? 吉岡くんらしいわね」
リカが笑みを浮かべながら腕を組む。
「だよな! ネタは滑っても、目的は達した! ならば万事解決! オールOK!」
俺は三船を戻し、自分の席に座る。
カホが「正直、助かった」と小さな声で呟いた。
「さて、戸塚隊の戦果は第1全8+第2~第4通常種5種のみだな!? 戸塚、補足することはあるかな!?」
「……ない。以上だ。あと、明日の方針は考え直そうと思う」
最後のセリフは、ミオに向けたものだった。
ミオは戸塚の目を見て頷いた。
「じゃあ、次はサキ隊ねー! 今日のユズ隊員はお目々ぱっちり! 眠ってません! 眠ってませんから!」
ユズが妙に芝居がかった口調で言う。
「ユズ……もしかしてだけど、俺に続いて場を盛り上げようとしているのか?」
「もちろん! だって私、優等生だもん! えらいでしょ?」
ユズが腕を組み「ふふん」とドヤ顔で笑う。
「優等生なら吉岡が動く前に動けよなー」
梶原がニヤニヤしながら茶化すと、ユズは「それは無理!」と即答した。
「じゃあ、サキ隊の結果ね! サキ隊は! なんと! 第4全8! そして……第5も全8です!」
「なんだと? 詳しく聞かせろ」
食いついたのは霧島だ。
先ほどまでの機嫌の良さがすっかり色あせている。
霧島が何を考えているかは明白だ。
現状で第5全8が可能なのは、吉岡隊と霧島隊だけだと思っていたのだろう。
そのうえ、サキ隊は今日が初めての第5だ。
あっさりクリアされたことで、霧島のプライドが刺激された。
「来た来た! 霧島先輩! サキの言うとおり目が本気!」
「でしょ? 霧島、わかりやすいからねー」
サキがニヤニヤしながら言うと、霧島は「うるせえ」と舌打ちした。
「いいから早く報告しろ。詳しくだぞ。敵の配置も教えろ」
「任せて! ユズ隊員はサキ隊のエースだから! 報告上手で戦闘も最強だからね!」
ユズは嬉しそうに体を揺らし、手振りを交えて詳細を話した。
曰く、敵の配置は門内に待ち伏せるタイプだ。
聞いている限り、昨日の俺とミオが体験したパターンに近い。
「ここはサキの幻影が大活躍! 幻影で釣り出して、私、サキ、早川が撃破! アヤは監視役で、私たちの戦闘支援と状況把握!」
「吉岡先輩、聞きましたか!? 俺も活躍しています!」
「聞いてるぞ! よく頑張っているようだ!」
早川は嬉しそうに「はい!」と頷いた。
「ぶっちゃけ吉岡くんの〈デコイ〉の使い方を参考にした部分はあるんだよね。効果が違うから真似をすることはできないけど、私なりに幻影を上手くコントロールできたと思う」
サキがそう言ったので、俺は「礼はサキっぱいでいいぞ!」と微笑んだ。
「あはは。考えとく」
「ダメ! ユズっぱいだって出番が減ってるんだから!」
「そこはどうでもいいだろ。さっさと報告を続けろ」
霧島が苛立った様子でテーブルを指で叩いて続きを促す。
「もう! 霧島先輩はせっかちだなぁ! でも、いいよ! 続きね!」
ユズはニコニコ顔で続きを話す。
「問題なくボアまで倒したサキ隊! 待ち受けるのはウォーロードとサイクロプス! ここは大ピンチ! ……かに思われたけど、そうでもなかった! サキの幻影で敵をかく乱し、早川の【スピード・ブースト】で私とサキを高速化し、一気に攻め込んだ! 早川は私の作った果実爆弾をいっぱい投げた! そして、まずはウォーロードを素早く撃破!」
「サイクロプスの投石があるだろ。どうやって防いだんだよ」と霧島。
「それはアヤの仕事! 二つのハンドクロスボウでバキュンバキュンってサイクロプスの目を攻撃!」
「サイクロプスは目が弱点って吉岡くんに聞いていたからね。あと、両手で岩を持ってる時って、目を守れないでしょ? だから余裕で射抜けた」
アヤが笑顔で報告する。
「なるほど、岩を持っている時に仕掛ける手があるのか。明日も同じ編成なら、ナナが対応できそうだな」
相良が真剣な顔で呟く。
ナナも「任せてください!」と目を輝かせていた。
「ウォーロードを倒したあとは楽勝だった! みんなでサイクロプスを攻撃しまくり! 相手が反撃しようとしたら、アヤが目を狙撃して防いだ!」
「火力は低いけど、妨害性能は高いんで」とアヤがドヤる。
「それで撃破か」
霧島が確認すると、ユズは「そういうこと!」と頷いた。
「で、時間が余ってたから第4も攻略した!」
「やるじゃん、ユズ。ちょっとは評価してやるよ」
梶原が余裕ぶって腕を組む。
「本当は悔しいんでしょー? 霧島先輩と一緒くらいウキウキしてたでしょ、梶原!」
ユズが指摘すると、梶原は「してねーし!」と恥ずかしそうに否定した。
どうやら彼も浮かれていたようだ。
「さて、次は吉岡隊の報告だな!」
「今日は吉岡くんが報告とのことだったな。不調だったのか?」
相良が心配そうに俺を見た。
「そういえば、吉岡くんが自分で報告したのって、第4で自戒のために撤退を選んだ時だけだったわね」
リカが思い出したように言う。
「なんだ吉岡、下手を打ったのか?」
霧島が勝ち誇ったように言い放つ。
俺はニヤリと笑った。




