103 神罰の詳細
俺の問いに、ミオは申し訳なさそうな顔で答えた。
「……まだ。もう少しって手応えはある。でも、まだ習得できていない」
「すごいじゃないか! 何で申し訳なさそうな顔をするんだ!」
俺は背負い袋を肩にかけて立ち上がった。
「……吉岡くんに稼いでもらったのに、私は結果を出せなかったから」
俺は「何を言ってるんだ」と笑い、ミオの頭を撫でた。
「Dランクの戦技なんだぞ。習得までの訓練時間の目安は12時間だ。ミオは4時間で手応えを感じるところまで来ている。絶好調じゃないか!」
「……ありがとう。そう言ってもらえると、気が楽。でも……」
「でも?」
「……習得して、実際の戦闘で使えるところ、見せたかった」
ミオが悔しそうに俯く。
「しょげるな! 世の中、何でも思い通りにいくわけじゃない! だから人生は面白いんだ!」
俺はミオを抱きしめる。
「……ありがとう。今の私、汗くさいから離れて」
「そう言われるとますます離れたくなくなった! 朝はミオが俺に抱きついたから、今度は俺がいっぱいぎゅーっとする番だ!」
「……困る。でも、いいよ」
抱きしめているので、ミオの表情は見えない。
ただ、俺には笑っているような気がした。
◇
ギルドに戻ってきた。
悲しいことに、窓口にエリナの姿はない。
しかし――。
「あ、吉岡さん。ちゃんと無事に戻ってきたんですね」
――ギルド内にエリナはいた。
窓口ではなく、その近くの掲示板で作業をしていたのだ。
古い紙を外し、新しい紙を貼っていた。
「やっほい、エリにゃん! ちゃんと無事だよ! 第4と第5を全8!」
「お疲れ様です。怪我をしなかったので、エリにゃんポイントが上がりました」
エリナがニコッと微笑む。
「可愛い! エリにゃん、可愛くてずるい!」
俺が気色悪い媚び媚びの声で言うと、エリナは「あはは」と笑った。
それからメガネを上げ、真面目な顔で言う。
「吉岡さん、この調子ならそろそろ第6階層以降に行きますよね」
「その予定だけど、どうかしたの?」
俺も真顔で答えた。
「いえ、それ自体は問題ありません。ただ、多くの冒険者さんが、その辺りから自分の世界を広げ始めます。具体的に言うと、冒険者区画以外の区画に興味を持ったり、異国の冒険者と組むようになったりします」
「まさに俺たちのことだ! ちょうど昨日、冒険者区画以外の区画について話していたよ!」
ミオが小さく頷く。
「やはり、そうでしたか。自分の世界を広げることは悪いことではありませんが、そのためには神罰に関する理解を深めておくことをオススメします」
「理解を深めるっていうと、ダンジョン内では発生しないこととか?」
「ご存じでしたか」
「うん! マイケルに聞いた!」
「マックスさんのことですね」とエリナが笑う。
どうやら彼女は、マイケルの偽名を知っているようだ。
「そうそう、マックス! 面倒くさい男だ! マイケルでいい! しゃらくせぇ!」
俺が言うと、「聞こえているぞ」と真後ろから声がした。
振り向くと、そこにはマイケルが立っていた。
連れの女はいない。
「マイケル!」
「本名を大声で呼ぶな。大声で呼ぶ時は偽名にしろ。マックスだ」
「しゃらくせえんだよ! マイケル!」
マイケルはため息をついた。
「……この人が、マイケル」
ミオはそう呟き、マイケルを見る。
マイケルはミオを一瞥しただけで、何も言わなかった。
「マイケル、何しているんだ!?」
「ここはギルドで、目の前には掲示板がある。俺たちは冒険者だ。答えは一つしかない」
「君もエリにゃん狙いか!」
マイケルはまたしてもため息をついた。
エリナは口に手を当てて笑っている。
「マックスさん、吉岡さんと親しいのですね」
「親しくない。勝手になつかれている」
「そういうふうには見えませんよ」
「ならメガネを洗ったほうがいい。張り出す前の紙を見せてもらえるか? 吉岡のせいで、このまま待っていても日が暮れてしまいそうだからな」
「わかりました」
エリナはマイケルに紙の束を渡した。
マイケルは慣れた手つきで素早く確認する。
「参考になった」
それだけ言って、マイケルは紙の束をエリナに返した。
そして――。
「またな、吉岡。今度からは背後の気配にも気をつけろ。注意力が散漫になっているぞ」
「おう、またな! マイケル!」
マイケルは反応せず、俺に背を向けたまま歩いていく。
試しに偽名で呼んでみよう。
「あばよ! マックス!」
マイケルは背中を向けたままだが、軽く右手を挙げた。
「聞こえてるじゃねえか! マイケル!」
マイケルはすぐに右手を下げた。
「……吉岡くん、マイケルで遊んでる」
ミオが笑いをこらえる。
エリナも口を押さえて我慢していた。
「やれやれ、本当にクールな男だぜ、マイケルは! それで、何の話だっけ? 神罰がどうのだったかな!?」
マイケルが出ていったのを確認したあと、俺はエリナに言った。
「はい。マイケル……いえ、マックスさんから、神罰のことは他に何かお聞きになっていますか?」
「いや、ダンジョン内では発動しないということしか聞いていないよ」
「では、もう一つ覚えておいてください」
エリナは真顔で言った。
「神罰の正確な対象は、『都市内にいる全ての冒険者』と『冒険者区画にいる全てのメビウス人』です」
「……! じゃあ、冒険者区画から出た場合、冒険者だけが神罰の対象になるってこと?」
エリナがわかりやすい言い方をしたため、すぐにピンときた。
「そうです。そして、冒険者区画以外の区画にいるメビウス人の中には、冒険者を疎ましく思っている方も多く存在します。中には冒険者を騙してお金を奪おうとする者も……」
「神罰があるからって安心できるのは、冒険者区画内だけか」
「はい。とはいえ、メビウス人にはメビウス人の法律が存在します。たとえ相手が冒険者であったとしても、暴力沙汰などは認められていません。他の区画には衛兵がいますので、衛兵に見つかれば相応の処分を受けます。ただし、神罰ほど罰則が厳しくないため、冒険者の方は油断しないほうがいいです」
「……神罰って、そんなに厳しいの?」
ミオが尋ねた。
「はい。神罰が発動した瞬間、その対象者は死にます。神の炎で焼かれ、痛みを感じる間もなく存在が消えます」
エリナの言葉に、俺たちはぞっとした。
「かなり厳しいな。下手すると仲間同士のもめ事でも発生しそうなのに」
「いえ、普通の口論や仲間同士のもめ事だけで、神罰が発生することはありません」
エリナは断言した。
「どうしてだい?」
「神罰は、相手の権利や重要な判断を侵害するような欺瞞、あるいは相手を害する明確な故意を感知しなければ起きません。例えば、結果的に吉岡さんがミオさんを騙す形になったとしても、意図的に騙そうと思っていない限り神罰の対象にはなりません」
「なるほど。じゃあさ、例えば、俺とエリにゃんが付き合ってるとするじゃん。でも、誰にも言っていない秘密の関係なわけ。その時に、俺がエリにゃんとの交際を隠してミオを口説き、ミオは俺に恋人がいないものと思って俺と肉体関係を持ったとする。こういうケースでも、俺には神罰が下るって認識でいいのかな?」
「そのケースだと、吉岡さんにはまず間違いなく神罰が下ります。理由は、ミオさんを騙しているからです。また、場所が冒険者区画内であれば、私にも神罰が下るかもしれません。私に対する神罰の有無は、私が吉岡さんとミオさんの関係をどこまで認識しているかによります」
「どういうこと?」
「吉岡さんの例では、私たちはこっそり付き合っているわけですよね? それ自体は問題ありません。ですが、その状態で吉岡さんがミオさんを口説いているとして、そのシーンを見た私が何も言わなければ、私は吉岡さんの悪事を黙認したことになります。吉岡さんの悪事に加担しているようなものですから。よって、神罰の対象になる可能性が高いです」
「でも、エリにゃんが自分と俺の関係を周りに隠したいがために、止めようと思っていても止められない……って可能性もあるよね? そういう場合は?」
「ポイントはそこです。その場合、私は吉岡さんの行為を止めたいと思っていますよね。なので、神罰の対象になる可能性は低いです。ただ、絶対にないとは言い切れません。判断基準になるのは、私がどれだけ自分と吉岡さんの関係を周囲に隠したいと思っているかです。その気持ちが強ければ強いほど、私の心理的負担は高まるため、神罰の対象になる可能性は低くなります」
「ほっへぇ。難しい話だ」
「……佐伯に任せたほうがよさそう」
「だな! エリにゃん、神罰の件、佐伯さんに聞かれたら教えてやってもらえるかい? 俺たちからも佐伯さんに共有しておくけど、佐伯さんならもっと詳しく知りたがると思うから!」
「私に答えられる範囲なら、お答えいたします。ですが、窓口にいるときはお話しできません。話が長引くと混んでしまいますので」
「わかった!」
「吉岡さん、メビウスはすごくいい世界です。しかし、それは誰もがいい人という意味ではありません。異国の冒険者と交流することも、冒険者区画から出ることも貴重な経験になりますし、大事なことだと思います。ですが、相応のリスクを伴います。十分にお気をつけください」
「そうする! ありがとう、エリにゃん! これ以上は邪魔になるだろうから、俺たちは精算をしてくるね!」
「はい。お気遣いありがとうございます。エリにゃん査定システムで加点評価をつけておきますね」
エリナが優しく微笑む。
俺は「やったね!」と言い、ミオと適当な窓口に向かった。




