第3話 処方は、ひとつも置いてまいりません
宴の日は、朝から曇っていた。助かった、と思った。曇りの日は肌が乾かない。紅の湿りを、いつもの割合に戻せる。
朝の五刻から支度を始めた。この日のために、三日かけて三度ずつ試している。水一滴。二滴。二滴と半分。昨日の夜に出た答えは、二滴と半分だった。貝殻の底に紅を落として、水を落とす。指の腹で三度、外へ。粘りが指に残らない。今日はいい。
リディエンヌは、朝からずっと黙っていた。
「緊張なさっていますか」
「……うん」
「では、少しだけ息を止めていてくださいまし。目の際を取りますので」
目の際に細く墨を入れる。この子の目は、目頭より目尻のほうが下がっている。だから墨は目尻で止めずに、ほんの少しだけ上へ跳ねさせて終える。跳ねすぎると顔がきつくなる。二分の一分だけ。白粉。篩を二度。左の顎に、粉をひとすじ。
頬骨の高い右へは、紅を外へ流す。左は、内側で止める。左右で違うことをしているのに、正面から見た人には左右が同じに見える。最後に唇。上は薄く、下は真ん中から外へ二度。
——できた。
手を止めて、少し離れて見た。六年で、いちばんよくできた。わたしは何も足していない。この子の骨のかたちに、光の当たり方を合わせただけだ。盛ってはいない。もともとこの子の顔にあるものを、いちばん見えやすい位置に置いただけ。
それが六年ぶんの結論で、たぶん、誰にも言ったことがない。
「お姉さま」
リディエンヌが鏡を見たまま言った。
「きれい」
「ええ、よくお似合いです」
「そうじゃなくて」
この子は少し口ごもって、それから、右の頬にえくぼを出した。
「なんでもない」
◇
宴は、思っていたより人が多かった。継母が三日かけて回られただけのことはある。侯爵家のご一族、王宮の書記官、王都の商会の方々。玄関から広間までのあいだに、四十人はいたと思う。
わたしは廊下の柱の陰にいた。化粧師は、宴の場には出ない。顔が崩れたときのために、四刻のあいだ近くで待っている。それが仕事だ。
手元には、直しの一式を布に包んで持っている。紅と、細い刷毛と、油紙を一枚。それだけあれば、たいていのことは三十数えるあいだに直る。リディエンヌは、広間の中央に立っていた。
人の輪ができていく。誰かが何かを言って、この子が右の頬だけにえくぼを出す。輪がまた少し大きくなる。
「王都一だな、まったく」
「あれは母親似だろう」
柱の向こうで、そういう声がした。母親似、と聞いてから、そうですね、と口の中で答えた。この子の母上は継母だ。目尻の動かない笑い方をなさる方だ。この子の笑い方とは、似ても似つかない。三刻を過ぎたころ、右の口の端が切れた。
遠目に見て分かった。この子は笑うときに右へ大きく引くので、右の端はいつもそこから乾く。曇りの日でも、三刻を越えれば来る。わたしは廊下を回って、広間の脇の小扉から手を出した。
リディエンヌはこちらを見ずに、話を続けたまま、輪からゆっくり抜けてきた。この抜け方も六年で覚えたものだ。急に離れると人が気づく。誰かの笑い声に合わせて、半歩ずつ下がる。
「切れましたか」
「うん」
小扉の陰で、油紙を一枚だけ唇に当てて、浮いた油を吸わせた。細い刷毛に紅を含ませて、右の端から内へ向けて一度。外へ引くと、切れ目がそのまま線になって残る。内へ入れると、境目が消える。三十数えるあいだに終わった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。……お姉さま」
「はい」
「今日、お姉さまも広間にいらしたらいいのに」
「化粧師は出ないものですわ」
「そうなの」
「そうなのです。お戻りください。左のほう、三人ばかり待っておられます」
リディエンヌは輪へ戻っていった。誰も、この子が一度いなくなったことに気づいていない。残りの一刻、誰も崩れなかった。
◇
宴が引けて、広間の灯りが半分落とされたころ、継母がわたしを呼ばれた。
「ご苦労さまでした」
「いえ」
「よくやってくださいましたわ。あの子、今日はほんとうにきれいでしたもの」
継母は椅子に腰を下ろされて、扇を膝に置かれた。
「それで、明日の朝に馬車を用意しておきます。荷物は、まとめておいてくださいませ」
「はい」
「帳面は、机の上に置いていってくださいね」
わたしは頭を下げた。
「それは、いたしかねます」
「あら」
継母が顔を上げられた。
「目録の話は、いたしましたでしょう」
「伺いました。ですが、母の帳面は母のもので、いまはわたくしのものですので」
「困った方ね」継母はほほえまれた。「セラフィナ、いいことを教えてさしあげます。あなたが自分の仕事だと思っているものは、そんなに大したものではありませんのよ」
わたしは黙っていた。
「化粧など、誰にでもできることでしょう。粉をはたいて、紅を引くだけですもの。あの子はもともと美しいのですから、あなたがいなくても何も変わりません」
誰にでもできる。
その言葉を、六年のあいだに何度か聞いたことがある。ただ、いつも「誰にでもできるでしょう」という言い方で、今日みたいに「大したものではない」まで踏み込まれたのは、はじめてだった。
三刻めに、右の口の端が切れたことを、この方はご存じない。
切れる前に切れると分かることも、外へ引かずに内へ入れることも、輪から半歩ずつ下がる抜け方も、この方はご存じない。ご存じないまま、四刻のあいだずっと「あの子はもともと美しい」を見ておられた。
それはそれで、正しい仕事の結果だ。気づかせないのが仕事なのだから。ただ、気づかせないことと、無かったことは、違う。わたしは背筋を伸ばした。
「では、そのようになさってくださいまし」
「ええ、そうします」
「ただ、ひとつだけ申し上げます」
継母が扇を持ち直された。
「処方は、ひとつも置いてまいりません」
広間の灯りが、風で一度ゆれた。
「……なんですって」
「あの帳面には、リディエンヌ様のお顔が六年ぶん書いてございます。どの日にどの湿りで、どの割合で、なぜそうしたか。二千百九十日ぶん、全部です。それを、一頁も置いてまいりません」
継母の扇が止まった。
「明日からのお支度は、どうぞご自由になさってください。誰にでもできることでございますから」
わたしは頭を下げた。
「六年、お世話になりました」
継母は何も仰らなかった。広間を出るとき、扇を持つ手が、まだ止まったままなのが目の端に見えた。この方が言葉を探しておられるところを見たのは、たぶんこれがはじめてだった。
◇
部屋へ戻って、荷をまとめた。着替えを二組。道具の袋。帳面。それだけを布に包むと、片手で持てる大きさになった。六年ぶんにしては軽い。
最後に、机の引き出しを開けた。母の秤の分銅がひとつ、奥に転がっていた。七つのうちのいちばん小さいものだ。三年前に無くしたと思って、諦めていた。拾って、袋に入れた。これで七つに戻った。
翌朝は、まだ暗いうちに出た。馬車は使わなかった。呼べば継母が来ることになる。
台所の女に、パンをひとつ包んでもらった。この人は六年、わたしの朝の分だけは必ず残しておいてくれた人だ。包みを渡すとき、何か言おうとして、結局「お気をつけて」とだけ仰った。門を出て、通りへ曲がるところで、一度だけ振り返った。
二階の、東向きの窓。母が使っていた部屋で、六年、この子の顔をつくってきた部屋だ。その窓が閉まる音がした。
風だろうと思った。
「誰にでもできる」と言われる仕事ほど、記録が残っていません。残っていないから、誰にでもできるように見えます。順序が逆なのですが、これはたいてい、無くなってから分かることです。
次回、王都の外れ。埃をかぶった空き店舗と、そこの持ち主に会います。開口一番、化粧は嘘だと言われます。
ここまでお読みくださって、ありがとうございます。続きが気になりましたら、ブックマークをいただけますと、次の白粉の篩がひとつ細かくなります。




