第九日 苫小牧 2/3
苫小牧の中心部を突っ切りマルナカ食堂に到着するなり、楓はため息をついた。
「今日ってドラクエの発売日やっけ?」
結構な人数が並んでいるのを前に、渋い顔で苦言を呈する。
「ガイドブックやネットで取り上げられて、人がどっとつめかけるやろ? いっぺん有名店になってまうと客は自分の舌で判断しようとせず、有名やというだけでありがたがるんよ」
「俺らも同じ穴の狢やんけ……あとそれも美味しんぼやろ」
「やっぱ別の店にする?」
「さあどうしよか」
空き地とも駐車場ともつかない土地の一角で、二人は再度会議に入った。渚は首の後ろに手を当てながら口を開く。
「海鮮丼とかカレーって回転ええよな」
「そのはずやろ」
「何分ぐらい待つんやろあれ」
「店の中にも待っとる人おるかもしれんで」
「何分までなら待てる? つーか飯済ませたあとはどうすんの?」
「ほっき貝資料館とミール展示館を見学する」
「んー……」
そこで渚はふと気づいた。
「時間余らへん? ここで並んで時間取られても、五時ぐらいまでにその二か所見れたらええんちゃう?」
どのみちフェリーの出航は夜中なのだ。
「せやな……なんでそこに思い至らんかったんやろ」
首を傾げる楓。
思わぬところから結論が出て、二人は最後尾についた。
「どこで飯食うかでこんなに議論したん初めてやな」
二転三転したものの、良さげな店に来られてよかった。そう思っているうちに、渚は列が進むのが妙に遅いことに気づいた。
「さっきからあんまり進んでへんよな?」
楓もそれを察したようだ。
「中の客が食べ終わるタイミングのせいやろか」
そのうち一気に進むこともあるかもしれない、と二人は気長に待つことにした。
「苫小牧って観光地少ないん?」
前後の客に聞こえないよう、楓の耳元へ口を寄せ尋ねた。
「んー、街の規模のわりには少ないかもしれん……でもこのあと行くミール展示館はほんまにすごいで」
「ごめん、そもそもミールって何?」
「メシ」
「絶対ちゃうやろそれ」
「……しかし暑いな」
天気は晴れ。雲もほとんど見られず、陽射しは容赦なく照りつける。間もなく午後一時、気温もピークに近づいていた。カブで郊外を走っていればまだしも、街中で突っ立っていては暑さも募るばかりだ。
「渚、ウチのカブから水取ってきてくれへん? 蓋開けて左手前あたりに埋まっとるはず」
「……わかった」
いったん列から離れた渚は、ハンターカブのリアボックスから水のボトルを引き抜いて姉の元へ戻る。
「ありがとー」
楓はボトルの水を一気に煽った。渚も自分の荷物から持ってきた水で喉を潤す。
「こんなに水ばっか飲む一週間って生まれて初めてかもしれん」
ここのところ、二人はキャンプ場や宿で手持ちのボトルに水道水を汲み、日中は専らそれを飲んで凌いでいる。五、六本のボトルをすすいで再利用しているため、新たに飲み物を購入する必要はなくなった。
「そう? ウチは普段から水ばっかやで。もう八割がた田中みな実やろ」
「ああ、田中みな実そっくりやな……目が二つで鼻と口が一つなとことか」
「ほかにもっとあるやろ!」
浄水器も通していない水道水を飲むのに初めは抵抗があったものの、すぐに慣れてしまった。一日に三リットル以上の水分を摂っているため、その分の飲料代が浮くというのは実にありがたい。
「帽子もほしいなー」
「ああ? 一回で全部言うてくれよ」
「いや、ウチもどこにしまったかわからんから、自分で行くわ」
今度は楓が列を離れ、キャップをかぶった姿で帰ってきた。
「探してる途中で扇子見つけたわ、ほれほれ」
おそらく百均で買ったものであろう安っぽい扇子を、渚に向けてパタパタと動かす。だが生ぬるい風がわずかに届くだけで、とても涼をとるには至らない。
「ええよもう。むしろ姉貴の顔が暑苦しい」
「アンタのむさ苦しい顔よりマシやろ」
その後もなかなか列は進まず、ようやく店内に通されたときには、すでに一時間近くが経過していた。六人掛けの机に相席するよう言われ、二つ空いていたところへ向かい合って座る。
「ホッキ丼とホッキカレー、あと取り皿二つお願いします」
あらかじめ打ち合わせておいた注文を伝えた。店で注文した料理をシェアすることはほとんどないのだが、今回はどうしても両方食べてみたいということになったのだ。
「はあ……」
大型のエアコンから流れてくる冷気を肺の底まで取り込むと、暑さで奪われた体力がいくらか回復するような気がした。
戯れにグーグルマップをいじっていると、渚はあることに気がついた。
「あれ? カレーラーメンの店ってほかにもあるやん」
どうも先ほど訪れたラーメン屋は、苫小牧市街地に支店を出しているようだ。さらに、市内の複数のラーメン店でカレーラーメンを供していることが判明した。
「そうか、先にホッキ貝っていう選択肢もあったんやな」
「確かに……うわ、こんなとこさっきのカレー付いとるわ」
楓は自らのTシャツの袖を引っ張ってみせる。食事中は紙エプロンを着けていたが、それでカバーしきれなかったところへ茶色い染みができていた。
「むしろよかったやん、そこ舐めながら白飯食ったらおかず要らずやで」
「天才か」
腰を落ち着けてからさらに二十分が過ぎ、ようやく二人の前に丼とカレーが並んだ。
「うおっ、でかいな」
それぞれの器が大きめで、そこに盛られているごはんもなかなかのボリュームだ。主役となるホッキ貝も、贅沢ともいえる量が使われている。
食べきれるだろうかと急に不安になった。カレーラーメンを胃に収めてから、まだ二時間しか経っていない。
「うーん……カレーラーメンとホッキカレーでカレーがダブってしまった」
ぶつぶつ呟く姉をよそに、渚はホッキ丼を取り分ける。
「「いただきます」」
細切りにされたホッキ貝は見た目こそイマイチだったが、味は期待を上回るものだった。普段食べているシジミやアサリの旨味を凝縮したような濃厚な味わいで、肉厚な身は歯応えも十分だ。噛むと広がる甘みに磯の香りが混じり何ともいえない。
「ほぉ……」
渚は頬を緩めてため息をつく。一時間以上待ったのが報われた。
「うん、美味かった」
量はほぼ同じだったが、楓の方が先に丼を完食した。まだ口をモゴモゴさせながら、カレーの取り分けにかかっている。
姉に遅れること二、三分、渚も箸をスプーンに持ち替えた。
「……なあ、俺もう胃袋がアレなんやけど。カレー三分の一ぐらいが限度やわ」
渚が悔しそうに訴える一方、楓の食欲には依然として陰りが見られない。
「ええよ、ウチが多めに食うから。ただし代金は割り勘やで?」
どうにか完食したものの二人とも満腹となり、駐車場の日陰に腰を下ろしてしばらく休息をとる。渚は空を見上げて呟いた。
「家の胃薬、ちょっとだけでも持ってくるべきやったわ」
「やっぱ昼にホッキ、夕方にカレーラーメンが正解やったか」
「それな」




