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境界に立つ者たち  作者: 麻婆豆腐


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第97章 自分で消えたと信じる生徒


彼は、自分が“いなくなった”理由を知っていた。


——少なくとも、そう信じていた。


⸻


朝の寮。


目を覚ました彼は、

いつもより少しだけ、身体が軽い気がした。


頭も冴えている。

胸の奥の重さが、すっと消えている。


(……決めたんだ)


そう、思った。


(俺は、自分でやめた)


学園を去ることを。

競争から降りることを。

期待されることを。


誰かに言われたわけじゃない。

脅されたわけでもない。


——自分で、選んだ。


そうでなければ、

この「安心」は説明できない。


⸻


彼は制服を脱ぎ、

クローゼットの奥に畳んでしまった。


もう必要ない。


成績表も、ノートも、

全部「過去」だ。


(向いてなかったんだよ)


(努力しても、才能があるやつには勝てない)


(だから、降りただけ)


それは、とても自然な思考だった。


あまりにも自然で、

疑問を挟む余地がなかった。


⸻


昼前。


彼は学園の門を出た。


誰も止めなかった。


門番は、彼を見ていない。

いや、正確には——


最初から、存在しないものとして扱っていた。


声をかけられないことに、

彼は何の違和感も覚えなかった。


(そりゃそうだ)


(もう、生徒じゃないんだから)


⸻


街に出る。


だが、行き先がない。


家に帰る理由も、

戻る気力もない。


ふと、路地裏のベンチに腰を下ろす。


(……俺、何をしたかったんだっけ)


その瞬間、

頭の奥で、何かが引っかかった。


(……あれ?)


(誰かに、話した気がする)


(誰だ?)


名前が出てこない。


顔も、声も、思い出せない。


ただ、

「安心しろ」と言われた記憶だけがある。


⸻


夕方。


彼は、日雇いの仕事に応募していた。


書類を書く欄で、

手が止まる。


「最終学歴」


——空欄。


(……書かなくていいか)


なぜか、そう判断した。


書いてはいけない。

書くと、何かが壊れる。


理由は分からないが、

本能が、そう告げていた。


⸻


夜。


安宿の天井を見上げながら、

彼は思う。


(これでいい)


(俺は、ちゃんと選んだ)


(誰にも奪われてない)


その確信は、

眠りに落ちる直前まで、

完璧だった。


⸻


だが。


夢の中で、

彼は“学園”に戻っていた。


教室。


窓際の席。


誰も、彼を見ない。


声を出しても、

机を叩いても、

誰一人、反応しない。


黒板には、こう書かれている。


「定員調整完了」


⸻


彼は叫ぼうとした。


だが、喉が動かない。


代わりに、

誰かの声が、頭の内側で囁いた。


「ね?」


「君は、自分で消えたんだよ」


その瞬間。


夢の中の彼は、

安心した。


——目を覚ますことなく。


⸻


翌日。


学園の名簿には、

彼の名前はなかった。


それどころか。


「最初から、存在しなかった」

という記録だけが、

整然と残されていた。


そしてそれを、

誰も疑わなかった。

 

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