第96章 模倣者たちの沈黙
最初に異変に気づいたのは、夜だった。
学園の鐘が鳴り終わり、
寮の灯りが一つ、また一つと消えていく時間。
本来なら、
誰もが部屋に戻り、
静寂が支配するはずの刻。
——だが、その夜は違った。
⸻
地下の実験棟。
すでに使用停止とされている区画で、
小さな灯りが揺れていた。
誰かがいる。
だが、足音はない。
話し声もない。
ただ、紙をめくる音だけが、規則正しく響いている。
⸻
「……君も、気づいた?」
低い声。
返事はない。
それでも、声の主は続けた。
「不思議だよね」
「アデルが捕まったのに」
「うまく、回ってる」
机の上には、
整理された名簿があった。
名前。
履修履歴。
成績。
生活記録。
そこには、赤い印がつけられている。
——“要観察”。
別の人物が、淡々と頷く。
「彼は、正しかった」
「無駄が多すぎたんだ」
「この学園は」
⸻
その頃。
副校長ミレーヌは、眠れずにいた。
理由は分からない。
夢でもない。
魔法の感知にも、異常は出ていない。
だが、胸の奥に、
じわじわと冷たいものが広がっていた。
(……まだ、終わっていない)
理屈ではない。
長年、回復魔法と精神に向き合ってきた者の、
本能だった。
彼女は、静かにローブを羽織る。
⸻
同じ夜。
リュシアは、目を覚ました。
理由は、はっきりしている。
——誰かが、呼んだ。
名前ではない。
声でもない。
ただ、
「思考」が、触れてきた。
(……似てる)
かつて境界で感じた、
あの“歪んだ静けさ”。
だが今回は、もっと日常に近い。
怖いのに、
安心してしまいそうな感覚。
(これが……)
(アデルの、残したもの?)
⸻
地下実験棟。
名簿に、新たな印がつけられる。
赤ではない。
黒でもない。
——薄い灰色。
「すぐ消す必要はない」
「しばらく、様子を見る」
「“自分で折れるかどうか”が、大事だ」
まるで、植物の生育を観察するような口調だった。
⸻
その瞬間。
実験棟の奥で、
誰かが笑った。
声は、アデルではない。
だが、言葉は——同じだった。
「ね」
「正しさって、伝染するんだよ」
⸻
翌朝。
学園は、何事もなかったかのように始まった。
授業は行われ、
成績は貼り出され、
誰も騒がない。
ただ一つだけ。
昨日までいた生徒の名前が、
今日の名簿から、
最初から存在しなかったかのように消えていた。
誰も気づかない。
——気づかないように、なっている。
そしてそれこそが、
最も完成された恐怖だった。




