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境界に立つ者たち  作者: 麻婆豆腐


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第95章 引き継がれた思想


アデルは、拘束されていた。


監視結界。

精神遮断。

外部との接触は、完全に断たれている。


——はずだった。


⸻


「……妙だな」


副校長ミレーヌは、提出された聴取記録を読み返していた。


助役、数名。

協力していた学生。

関連が疑われた研究員。


全員が、同じ言葉を使っている。


「国のために」

「世界の前進のために」

「効率の良い選別」

「犠牲は必要」


だが、それだけではない。


「“アデルに言われたから”という供述が、ほとんど無い」


校長が、静かに言った。


「そう」


ミレーヌは、指先で紙を叩く。


「彼らは、自分でそう考えたように話す」

「まるで……」


言葉を探し、慎重に続けた。


「アデルが“教えた”のではなく」

「“気づかせた”かのように」


⸻


尋問室。


別の助役が、淡々と話していた。


「最初は、何も疑問に思わなかったんです」


「成績の悪い生徒が消えるのも」

「記録が整理されるのも」


「効率が良くなるなら、当然だと」


諮問官が、鋭く問う。


「誰に、そう思わされた?」


助役は、少し考えてから答えた。


「……誰かに、言われた記憶はありません」


「ただ」


一瞬、視線が揺れる。


「“そう考えるのが、賢い”と思ったんです」


「学問とは、無駄を省くことだと」


「成果を出せない者を、切り捨てることだと」


部屋の空気が、冷えた。


⸻


校長は、その報告を聞き終えた後、しばらく黙っていた。


やがて、低く言う。


「これは、魔法だけの問題ではない」


「思想だ」


「しかも、教え込む必要すらないほど」

「学園の中に、土壌があった」


ミレーヌは、目を伏せた。


「……アデルは、種を撒いただけですね」


「ええ」


校長は、頷く。


「水を与えたのは、環境だ」


「成果主義」

「効率」

「数字で測れる価値」


「それ自体は、間違いではない」


だが、と続ける。


「それ“だけ”を正義にした瞬間」

「人は、簡単に壊れる」


⸻


その頃。


リュシアは、図書室で立ち尽くしていた。


机に広げられた、履修名簿。


消された名前。

戻らない記憶。


「……アデルがいなくても」


フェリクスが、低く言う。


「同じ考えのやつは、残ってる」


「しかも」


彼は、視線を巡らせた。


「自分が“悪いことをしてる”って自覚がない」


カイオンは、拳を握りしめた。


「捕まえれば終わる話じゃ、なかったんだ」


アイリスは、震える声で言う。


「……スパイより、怖いね」


「敵が、誰かわからない」


⸻


その夜。


アデルは、拘束された部屋で、天井を見つめていた。


誰も来ない。

誰とも話せない。


だが、彼は満足そうだった。


「……ほらね」


誰にともなく、呟く。


「止めたつもりでも」


「考え方は、残る」


「正しいものは、必ず受け継がれる」


口元が、ゆっくりと歪む。


「だって」

「“正しい”って、便利でしょう?」


その言葉は、結界の内に留まる。


だが、彼の思想はすでに——

学園のあちこちに、静かに染み込んでいた。


捕らえられたのは、

実行者だけだった。


そして学園は、まだそれに気づききれていない。

 

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