第92章 裏で動いていた者
王宮の地下。
正式な会議室でも、記録に残る執務室でもない。
灯りを落とした、小さな円卓の部屋。
そこにいたのは三人だった。
軍服を着た男。
外套の奥に階級章を隠したままの男。
そして、王宮に出入りする資格を持つ“学識者”。
「――学園は、使いやすかった」
軍服の男が、低い声で言った。
「若い」
「優秀」
「そして、“信じている”」
向かいの男が、指を組む。
「ガルディアの動きが、あまりに早い」
「思想」
「扇動」
「人を動かす速度」
「正面から対抗しても、遅れる」
静かな沈黙。
「だから、精神魔法だ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
「恐怖でも、洗脳でもない」
「“納得させる”方向の介入」
「正義だと信じたまま、動かせる術」
学識者が、ゆっくりと頷く。
「……アウルスは、それに気づいていた」
「学問としての危険性も」
「だが、同時に“可能性”も」
「だから、近づいた」
軍服の男が、口元を歪める。
「議会は、うるさい」
「軍幹部も、慎重すぎる」
「だから――通さなかった」
「事故にする」
その言葉は、あまりにも軽かった。
⸻
計画は、完璧だった。
校長と副校長を、王都へ呼び戻す。
理由は“緊急の諮問”。
学園の防衛魔法は、彼らがいなければ
“代理権限”で一時的に調整できる。
その隙に、
外部からの干渉ではなく、
内部で起きた事故として処理する。
実験は、短期間。
成果が出れば、すべて回収。
失敗しても――
「学園の管理不行き届き」で終わる。
完璧だった。
少なくとも、そう思っていた。
⸻
「……だが」
学識者が、ぽつりと呟く。
「想定外があった」
軍服の男が、顔を上げる。
「何だ?」
「気づいた者がいた」
「学生だ」
「しかも、複数」
「あり得ない」
「普通なら」
「“気づかない”」
「記録も」
「記憶も」
「周囲の認識も」
「すべて、曖昧になるはずだった」
沈黙が落ちる。
「……誰だ」
学識者は、首を振った。
「分からない」
「ただ」
「一人ではない」
「そして」
「王族が、動いた」
その言葉に、空気が変わった。
軍服の男が、舌打ちする。
「……なぜ、分からない」
「なぜ、そこだけ」
誰も答えられなかった。
⸻
「まあいい」
外套の男が、低く言った。
「禁忌魔法の許可は、まだ下りていない」
「議会は割れている」
「時間は、まだある」
「学園側が、全てを掴んだとは限らない」
軍服の男は、椅子にもたれた。
「うまくいっていた」
「本当に」
「どこで、歯車が狂った?」
答えは、出ない。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
それは――
“事故”ではなかったという事実だけが、
静かに浮かび上がり始めているということ。
王宮の地下で、
その気配を感じ取った者は、まだ少ない。
だが。
もう、引き返せる場所にはいなかった。




