第86章 届いた視線
リュシアは、机に向かったまま、しばらく筆を止めていた。
書きたいことは山ほどある。
だが、すべてを書くべきではないとも思った。
——感情を書けば、判断が曇る。
——疑念を書けば、読む側を誘導してしまう。
だから、あえて仔細は省いた。
学園で、生徒が減っています。
事件は一度解決したはずでした。
ですが、止まっていません。
私たちは、魔法・記録・人為的操作を疑いました。
けれど、どれも決定打に欠けています。
もし、あなたなら。
この状況を、どう見ますか。
封をして、エリアス宛に送る。
(……まあ、期待しすぎないことね)
彼は頭は切れるが、
現場にいない人間だ。
答えが来たとしても、
せいぜい一般論だろう。
そう思っていた。
⸻
三日後。
返書は、驚くほど早く届いた。
封を切り、読み進めるうちに、
リュシアの指が止まる。
——そして、背筋が冷えた。
まず、確認したい。
「消えている」のは、本当に“被害者”か?
リュシアは、思わず息を詰めた。
君たちは、
① 強制的に連れ去られた
② 魔法で操作された
という前提で考えているようだ。
だが、もし——
③ 自分の意思で“消える側に回った者”がいるとしたら?
視界が、狭くなる。
アデルは捕まった。
教授も拘束された。
防御魔法にも異常はない。
それでも減る。
ならば、方法は一つしかない。
「学園の規則に、完全に従ったまま消える」ことだ。
リュシアは、ページをめくる手が震える。
例えば——
・長期研究名目の登録
・学外実習
・推薦留学
・医療隔離
どれも、制度上は“正当”だ。
記録官も校長も、止める理由がない。
問題は、それらが誰の発案かだ。
そこで、エリアスは一行、強く筆圧を込めていた。
アデルは「思想」を残した。
つまり今は、
弟子が、弟子を選んでいる段階だ。
リュシアは、はっきりと理解した。
——これは事件ではない。
——これは連鎖だ。
解決法は、単純だが残酷だ。
「誰が消えたか」ではなく、
「誰が残りたがっていないか」を洗い出せ。
最後に、短い追伸。
君は、たぶん気づいている。
学園は今、
“学ぶ場所”ではなく
“選別される場所”になりつつある。
それを壊せるのは、
君たちしかいない。
手紙を読み終えた瞬間。
リュシアは、静かに顔を上げた。
(……そうか)
(消されたんじゃない)
(選ばせていたのね)
窓の外では、
いつもと変わらない学園の日常が続いている。
だが、リュシアには見えていた。
——次に消えるのは、
“救われたいと思っている者”だ。
そして。
(それを、止める方法も)
彼女の中で、
ようやく一本の線が、つながった。
物語は、
次の段階へ進む。




