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境界に立つ者たち  作者: 麻婆豆腐


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第82章 殿下たちの名が使われた夜


尋問室の隣。


王族専用の控えの間には、

リュシア、カリックス、フローラの三人だけがいた。


壁一枚隔てた向こう側から、

声が——はっきりと聞こえる。


遮音魔法は、かけられていない。


それは偶然ではなかった。

聞かせるためだ。



「殿下方が入学されてから、楽になりました」


アデルの声は、驚くほど穏やかだった。


「遠くから見つめる生徒は、必ずいます」


「羨望、劣等感、憧れ」

「混ざった視線は、すぐ分かる」


「だから、簡単なんです」



フローラの指先が、わずかに震えた。


(……そんな理由で)


(人を、選んだ?)



「『殿下方も喜ばれています』」


「『国の前進のためです』」


「そう言えば、みんな安心する」


「元々、自尊心の低い子達ですから」


「少し背中を押してあげるだけでいい」



カリックスは、唇を強く噛み締めた。


——自分たちの存在が、

——誰かを壊す“鍵”として使われていた。


怒りより先に、

吐き気に近い感覚がこみ上げる。


(……守る立場の名前で)


(踏みにじられた)



「魔法をかけている時も、嬉しそうでしたよ」


「“役に立てる”って」


「“選ばれた”って」


その言葉で、

フローラはとうとう耐えきれず、口元を押さえた。


「……やめて……」


声は、ほとんど祈りだった。


向日葵のように笑う王女が、

光を失った瞬間だった。



沈黙の中で、

リュシアだけが、前に出た。


壁越しに、

尋問室にも届く声で。


「……違う」


低く、揺れない声。


「悩むことは、弱さじゃない」


「誰かを見上げる気持ちも、罪じゃない」


「それを——」


一拍置いて。


「“使っていいもの”にした時点で」


「あなたは、学問を捨てた」



一瞬、向こうの声が止まる。


理解できなかった沈黙。


そして、また笑みを含んだ声が戻る。



カリックスは、拳を握った。


フローラは、涙を拭いた。


リュシアは、視線を逸らさなかった。


三人とも、同じことを知っていた。


——これは、まだ終わっていない。

——思想は、まだ生きている。


そして。


自分たちは、もう無関係ではいられない。

 

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