第80章 正しさを疑わない者
尋問室は、静かだった。
石造りの壁。
簡素な机と椅子。
装飾は一切なく、逃げ場もない。
椅子に座らされているのは、アデル。
手枷はつけられていない。
だが、周囲を囲む空気そのものが、拘束だった。
正面には、校長。
その隣に、副校長。
さらに一人——急遽、王宮から派遣された諮問官が控えている。
「では」
諮問官が、淡々と切り出した。
「あなたが行った行為について」
「理由を、順を追って説明してください」
アデルは、少しだけ首を傾げた。
「理由、ですか?」
困惑したような表情。
だが、その目には迷いがない。
「実験ですよ」
あっさりと言った。
「学術都市なのですから」
「検証し、成果を得るのは当然でしょう?」
副校長の指が、ぴくりと動いた。
「七十名の生徒を——」
「あなたは“実験”と呼ぶのですか」
「はい」
即答だった。
「彼らは、選ばれただけです」
「能力があり」
「導けば、もっと高みに行けた」
諮問官が低く問う。
「その結果、人格が破壊されても?」
アデルは、少し考え込む。
「……副作用は、どんな魔法にもあります」
「ですが」
「それは“失敗”ではありません」
「過程です」
校長は、穏やかな声で言った。
「では、なぜ」
「隠したのですか」
「なぜ、防衛魔法の綻びを利用したのですか」
その問いに、アデルは初めて眉をひそめた。
「……だって」
「許可なんて、待っていたら」
「何も進まないじゃないですか」
「皆、臆病なんです」
「校長も、副校長も」
「怒るのは、分かります」
「でも——」
ふっと、アデルは笑った。
「正直に言いますね?」
「私は、間違っていません」
「むしろ」
「褒美をもらっても、おかしくない」
諮問官が息を呑む。
「教授も」
「結果を褒めてくれました」
その言葉に、空気が一段、冷えた。
「そうだ……」
アデルは、何かを思い出したように続ける。
「皆、私が全部企んだと」
「そう思っているのでしょう?」
「でも」
視線を上げ、校長を見る。
「本当に、そう思いますか?」
一瞬の沈黙。
校長は、怒りも嫌悪も見せなかった。
ただ、静かに問い返す。
「——いいえ」
「あなた一人の考えではない」
「では、教えてください」
「誰が」
「あなたの“素晴らしい考え”を」
「最初に認めてくれたのですか」
アデルの顔が、ぱっと明るくなる。
「教授ですよ!」
少し身を乗り出す。
「アウルス教授です」
「彼は、知っていました」
「すべて」
「その上で」
「認めてくれたんです」
その瞬間。
校長が、杖を床に軽く打ちつけた。
低く、澄んだ音。
次の瞬間——
隣室の壁が、静かに歪む。
魔法陣が浮かび上がり、
一人の男の姿が、引き寄せられるように現れた。
「——!」
諮問官が、思わず立ち上がる。
そこに立っていたのは、
アウルス・セプティム・ヴァレリウス。
顔色は悪く、
だが、その目は、逃げていない。
アデルは、嬉しそうに笑った。
「ほら」
「教授ですよ」
「ちゃんと、来てくれましたね」
校長は、静かに告げる。
「……では」
「ここからが、本当の話です」
尋問室の扉が、
音もなく、閉じられた。
——正しさを疑わない者たちの、
逃げ場は、もうなかった。




