第79章 見えなかった数
助役たちは、あっけないほど早く拘束された。
校長の魔法は、抵抗を許さない。
逃げ道も、言い訳も、最初から存在しなかった。
「……下がりなさい」
副校長の声は低く、冷静だった。
倒れ伏す生徒たちのもとへ、次々と近づく。
額に手を触れ、脈を確かめ、魔力の流れを読む。
一人、二人、三人——
数が、明らかに多い。
「……七十名」
その数字が、静かに告げられた瞬間。
その場にいた全員の動きが、止まった。
「……そんなはずは」
教授の一人が、かすれた声を出す。
「行方不明として把握していた数は……」
「三十前後です」
記録官が震える指で答えた。
副校長は、ゆっくりと顔を上げた。
「——それが、“見せられていた数”です」
空気が、重く沈む。
カイオンは、背筋が冷たくなるのを感じていた。
自分が考えていた数よりも、はるかに多い。
(……どうして)
(どうして、誰も)
校長が、静かに言葉を継いだ。
「巧妙でした」
「非常に、古いやり方です」
視線が、記録官へ向けられる。
「昔、そんな似た例がありました」
校長は淡々と説明する。
「戸籍を“消す”のではない」
「“移す”のです」
ざわめき。
「一人の名を消す代わりに」
「別の名を、二重に書く」
「転学、留学、病欠、研修」
「それぞれを“一時的”として扱い」
「戻る予定があるように見せる」
記録官の顔色が、みるみる青くなる。
「つまり……」
副校長が続けた。
「名簿上では、常に人数は合っている」
「ただし」
「“誰が誰だったか”を、覚えていなければ」
言葉が、胸に突き刺さる。
「——日常が続いている限り」
「人は、数を数えなくなる」
「昨日も今日も、同じ席」
「同じ教室」
「同じ講義」
「一人いなくなっても」
「“そんなものだ”と思ってしまう」
副校長は、悔しそうに唇を噛んだ。
「……私たちが、怠ったのです」
「防衛魔法は、外からの侵入を防ぐ」
「だが」
「内側から、少しずつ削られることまでは」
校長は、目を閉じる。
「気づけたはずでした」
「忙しさに」
「慣れに」
「“問題は起きていない”という思い込みに」
「目を逸らした」
その言葉は、自分自身への断罪だった。
やがて、校長は助役たちに向き直る。
「——確認します」
「誰の指示で」
「いつから」
「どの範囲まで」
助役の一人が、震えながら口を開いた。
「わ、私は……」
「記録を整えただけで……」
副校長が、鋭く遮る。
「“整えた”?」
「七十人分の人生を」
「そう呼ぶのですか」
その声に、助役は崩れ落ちた。
名探偵が謎を解くような派手さはない。
だが、積み重ねられた証言と記録が、
静かに、逃げ道を塞いでいく。
トリックは、単純だった。
・名を消さない
・数を合わせる
・日常に紛れさせる
——そして、誰も“全体”を見なくなるのを待つ。
「……」
カイオンは、拳を握りしめた。
「見えなかったんじゃない」
「——見なかったんだ」
その事実が、
この学園にとって、何よりも重かった。
救護される生徒たちのうめき声が、
静かな廊下に、長く響いていた。




