第78章 正しさの中で踏み躙る者
足音は、穏やかだった。
まるで講義の合間に学生へ声をかけるような、
いつもの調子で——
アデルは歩み寄ってきた。
「何をしているんですか?」
柔らかな声。
穏やかな笑顔。
その背後から、さらに人影が現れる。
助役。
見覚えのある生徒。
そして、視線を逸らしながらも、ここに立っている“協力者”。
(……こんなに)
リュシアは、一瞬だけ息を呑んだ。
教授だけではない。
助役だけでもない。
すでに、学園の中に“輪”ができている。
その事実が、背筋を冷やした。
だが——
リュシアは、一歩前に出た。
被害者たちの、うつろな視線。
意味のない笑い声。
壊された“学ぶ心”。
それらを、すべて背負うように。
「……あなたたちは」
声は、震えていなかった。
むしろ、静かすぎるほどだった。
「自分たちが“正しい”と思っているのでしょう」
「だから、人を壊してもいいと」
「だから、見ないふりをしてもいいと」
視線が、アデルの仲間たちに向く。
「でも」
一拍。
「壊された人は」
「“国のためだ”なんて、選んでいません」
「世界のためだなんて」
「一度も、望んでいません」
リュシアの声は、次第に強くなる。
「それでも進むなら」
「それは正義じゃない」
「ただの——暴力です」
空気が、張りつめた。
アデルの後ろにいた助役が、思わず一歩下がる。
生徒の一人は、顔を青くした。
だが。
アデルだけは、変わらなかった。
「……いいえ」
穏やかに、微笑む。
「彼らは喜んでいますよ」
ゆっくりと、被害者たちに視線を向ける。
「自分が、国のために」
「世界のために」
「大切な役割を果たしていると」
その声には、疑いがない。
心から、そう信じている。
——それが、何よりも恐ろしかった。
「……ふざけるな」
カイオンの声が、低く落ちた。
同時に、フェリクスの魔力が膨れ上がる。
二人とも、もう抑えていなかった。
「人を壊して」
「その上で“喜んでいる”なんて言うな」
魔力が、迸る。
それに呼応するように、
動揺していた生徒たちも、思わず魔法を発動させる。
恐怖。
怒り。
そして、遅れてきた良心。
場は、一気に戦場へと変わった。
「や、やめなさい!」
アデルの声が、初めて鋭くなる。
「こんなことをすれば——」
「校長に感知される!」
だが、次の瞬間。
(……いや)
(私は、正しい)
その思考が、胸に満ちる。
——正しいから、問題ない。
——正しいから、止められない。
自分がかけ続けてきた魔法の副作用が、
今、はっきりと牙を剥いた。
そして。
学園全体を覆う結界が、
わずかに震えた。
遠くから、重い魔力が降りてくる。
——見逃されるはずがない。
次の瞬間。
光とともに、
校長の姿が、その場に現れた。
穏やかな顔の奥に、
これまで見せたことのない怒りを宿して。
「……ここで」
低く、静かな声。
「何が行われているのか」
その問いは、
逃げ場を一切、与えなかった。
学園の“静けさ”は、
この瞬間、完全に壊れた。




