第77章 届いた声、届かなかった声
最初に合流したのは、音だった。
——微かな振動。
空気を震わせる、規則的な間。
リュシアは足を止め、指先を立てた。
「……来た」
一見すれば、ただの風の揺らぎだ。
だがそれは、合図だった。
古代アストリアで用いられていた軍用信号。
唐代の烽火の思想を応用し、
さらに学園式に改良された——
遠距離連絡用の魔術的符丁。
魔力を直接飛ばさない。
刻まれた“癖”だけを伝える。
——追跡されない。
——遮断されにくい。
フェリクスのやり方だった。
「北回廊、旧実験区画」
「……やっぱり、当たりだ」
リュシアは短く言い、走り出す。
その隣で、カイオンも無言でついてきた。
⸻
崩れた結界の奥。
そこにあったのは、
言葉を失う光景だった。
座り込む生徒。
壁を撫でながら、何かを数え続ける者。
天井を見上げ、意味のない笑いを漏らす者。
——学園。
——学ぶ場所。
そのはずの空間が、
“人を壊した痕跡”で満ちている。
「……」
カイオンは、動けなくなっていた。
彼はこれまで、
村と農場と、限られた人間関係の中で生きてきた。
人の狂気は、
本の中の出来事だった。
理論。
歴史。
遠い昔の記録。
それが今、
目の前にいる“同世代の人間”として存在している。
拳が、震えた。
「……こんなことを」
低い声。
「こんなことをして」
「何が、学問だ……」
彼の怒りは、叫びにならなかった。
それが、かえって重い。
リュシアも、言葉を失っていた。
境界で見たものより、
ずっと近い。
ずっと、生々しい。
(——これが)
(見えないところで、起きていたこと)
フェリクスが、短く指示を出す。
「分けるぞ」
「意識が浅い組、深い組」
「触るな。呼びかけるな」
「下手に刺激すると、戻らない」
三人は、即座に動いた。
救出というより、
回収に近い作業。
それでも——
今、ここから連れ出さなければならない。
⸻
その頃。
別の回廊を、足音が駆けていた。
アデル。
表情は崩れていない。
だが、歩調が速い。
(……早いな)
(もう、見つかったか)
想定より、早すぎる。
「——だが」
唇が、わずかに歪む。
「まだ、間に合う」
角を曲がる。
遠くに、灯り。
——リュシアたちの気配。
アデルは、息を整えた。
笑顔を作る。
いつものように。
“助役”の顔で。
そして、足を踏み出す。
この惨状の中心へと。




