第75章 揺らぐ学園、動き出す大人たち
報告が届いた瞬間、
校長と副校長は、ほとんど同時に動いていた。
王族専用の休憩室へ向かう廊下。
いつもなら、歩幅を揃え、言葉を選び、礼節を欠かさない二人が——
今日は違った。
足音が速い。
外套が翻る。
「……急ぎます」
副校長の声には、隠しきれない緊張があった。
扉が開かれる。
⸻
室内に足を踏み入れた瞬間、
副校長は状況を一目で理解した。
椅子に座らされた生徒たち。
虚ろな視線。
呼びかけに、半拍遅れて返る反応。
(……精神干渉)
それも、かなり深い。
「校長」
短く声をかけると、
副校長はすぐに生徒の前に膝をついた。
「少し、質問しますよ」
声は穏やかだが、迷いはない。
「名前は?」
「……ここは、どこか分かりますか?」
生徒は答えようとして、言葉を失い、
代わりに意味のない笑みを浮かべた。
副校長は、ためらいなく手を伸ばす。
額、こめかみ、首筋。
魔力の流れを、指先で読み取る。
(……やはり)
(複合的だ)
単純な暗示ではない。
記憶の撹拌、認識の鈍化、感情の遮断。
それらが、何層にも重ねられている。
「時間は……」
低く呟き、
すぐに判断を下す。
「応急処置は可能です」
「完全な回復には時間が要る」
だが——
今はまず、これ以上壊させないこと。
⸻
その間、校長は静かに目を閉じていた。
杖も持たず、
詠唱もない。
だが、学園全体が、
彼の意識の内側に浮かび上がる。
講堂。
回廊。
実験室。
地下区画。
——そして。
「……」
校長の眉が、深く寄った。
(防衛魔法が……綻んでいる)
一箇所ではない。
二箇所でもない。
本来、決して同時に崩れないはずの結界が、
複数、微妙に“弱められている”。
意図的だ。
事故ではない。
老朽でもない。
「……私の責任だ」
校長は、低く呟いた。
魔法を解き、
ゆっくりと目を開ける。
そこには、
いつもの温和な表情はなかった。
「学園は、学ぶ場所だ」
「守られるべき場所だ」
そして——
今、それが破られている。
校長は、深く息を吐いた。
「副校長」
「はい」
「全員を保護する」
「教師達と生徒は分けて動かす」
「……そして」
一瞬、言葉を探し——
はっきりと言い切る。
「これは内部の問題だ」
休憩室の空気が、
重く張り詰めた。
学園は、まだ静かだ。
だがその内側では、
確実に——
崩れ始めていた。




