第72章 破られてはならないはずのもの
王族専用の休憩室へ向かう回廊は、
学園の喧騒から切り離された、静かな通路だった。
石壁は厚く、結界は幾重にも張られている。
ここは——
万が一が起きてはならない者たちのための場所だ。
扉が閉まった瞬間、
カッシウスは歩みを止めた。
「……どうだ」
短い問い。
フローラは、迷いなく頷く。
「間違いないわ」
声は低く、断定的だった。
「精神魔法がかけられている」
「しかも、かなり巧妙」
一瞬、室内の空気が張り詰める。
「証拠は?」
「感覚だけじゃない」
「魔力の残滓が、はっきりある」
フローラは、拳を軽く握った。
「自然に揺らいだものじゃない」
「外から“削られた”痕跡よ」
カッシウスは、ゆっくり息を吐いた。
(……やはり)
彼は、指先をわずかに動かす。
王族にのみ許された、影との通信。
「——副校長に繋げ」
声は低く、速い。
影は即座に応じ、
見えない回線が開かれる。
「学園内で、規則違反の精神魔法が使われている」
「対象は生徒だ」
一拍置いて、続ける。
「これは偶発じゃない」
「“意図的”だ」
通信を切り、
カッシウスは歩き出した。
「……動かぬ証拠だな」
フローラも、並ぶ。
「ええ」
「問題は、そこじゃない」
彼女の声が、わずかに低くなる。
「どうやって、使ったのか」
——それだ。
学園では、
授業外での魔法行使は原則不可能。
教授であっても、例外ではない。
事前申請。
監査。
結界による干渉制御。
ここは、未来ある生徒が学ぶ場所だ。
貴族も、王族も、
権力も血筋も入り混じる以上、
一つの事故すら許されない。
だからこそ、
魔法に関しては、異常なほど厳重だった。
「……教授でも、簡単には無理だ」
カッシウスが言う。
「だとしたら」
フローラは、視線を上げた。
「“穴”があるか」
「もしくは——」
「内部の人間が、知っている」
二人は、同時に同じ結論へ辿り着く。
「副校長なら」
「その仕組みを、開示できる」
急がなければならない。
まだ、気づいていない生徒がいる。
まだ、壊されていない心がある。
二人は足早に、廊下を進んだ。
⸻
その背後。
石柱の陰から、
一人の影が、じっとその後ろ姿を見つめていた。
アデルではない。
だが——
アデルと、同じ側に立つ者。
彼は、音も立てずに身を引く。
「……動いたな」
小さく、呟いた。
歯車は、確かに噛み合い始めていた。




