第70章 胸の鼓動は嘘をつかない
最近、頭がぼんやりする。
理由は分からない。
ただ、考え事をしていると、
途中でふっと力が抜けることが増えた。
(……前は、もっとはっきりしてたのに)
でも。
それが気になるのは、
一人でいるときだけだ。
誰かと話しているとき。
特に——
(……殿下のことを考えているときは)
胸の奥が、熱くなる。
確か、少し前まで——
誰かと話していた気がする。
上級生の人。
感じのいい笑顔で、言葉遣いも丁寧で。
(名前……なんだっけ)
ミ、ミカ……?
(……まあ、いいか)
思い出そうとすると、
なぜか頭が滑る。
でも、それ以上に——
今は、別のことで頭がいっぱいだった。
(……あ)
視線の先に、黒髪が見える。
(カッシウス殿下……)
息が、止まる。
(こっちにきたらどうしよう……)
今、目やにとかついてない?
髪型とか大丈夫?
(はあ。。今日も、素敵……)
近づいてくる。
距離が、縮まる。
胸が、どくどくとうるさい。
「ちょっと、いいかな?」
低くて、穏やかな声。
(き、きた……!)
一瞬で、頭が真っ白になる。
「も、もちろんでふ!!」
噛んだ。
(……ああもう!!)
顔が熱い。
でも、逃げたいなんて思わない。
殿下は一瞬驚いた顔をして——
それから、くすりと笑った。
(……笑った)
(今、私を見て、笑った……)
その瞬間。
さっきまであった
頭の重さも、ぼんやりも、
全部、消えた。
心臓の音だけが、はっきりする。
そこへ——
ふわりと、花のような香り。
「ごめんなさいね」
優しい声。
顔を上げると、
そこにはフローラ王女がいた。
(……フローラ様)
向日葵みたいな笑顔。
近くにいるだけで、空気が柔らぐ。
「少しだけ、時間をもらえるかしら」
「上の休憩室で、お茶でもどう?」
その一言で、
世界が一段、明るくなる。
(……夢みたい)
「い、行きます!!」
即答だった。
「時間なら、いくらでも!!」
自分でも笑ってしまうほど必死。
今は、ただ嬉しい。
殿下がいて、
フローラ様がいて。
それだけでいい。




