第66章 疑念が形になる速度
フェリクスは、回廊を歩きながら考えていた。
——やっぱり、アデルは黒だ。
感情ではない。
直感でもない。
今のやり取りは、
「知らない人間の反応」ではなかった。
(あれは、“把握している人間”の返し方だ)
問題は、そこから先だった。
(どうやって?)
学園では、魔法の使用は厳しく管理されている。
授業中であっても、事前の申請が必要。
授業外での行使は、原則として妨害される。
結界。
監視。
記録。
「知られずに魔法をかける」など、
普通なら不可能だ。
ましてや——
(助役だぞ)
アデルは教授ではない。
裁量権も、特例権限もないはずだ。
(それでも、人が消えている)
フェリクスは、立ち止まった。
(……待て)
一つ、思い当たる。
「授業として使う魔法」は、
学園の規則上、例外が多い。
補助。
観察。
演習。
実験。
(もし、それを“授業の延長”として扱っていたら?)
書類上は授業。
記録上も授業。
だが実際は——
対象が「教室の外」にいる。
(教授の名前を使えば……)
フェリクスの背中に、冷たいものが走る。
(——助役一人でできることじゃない)
(これは、教授レベルの話だ)
考えが、一本に繋がった。
だからこそ、
記録官は「問題ない」と言った。
だからこそ、
名簿は“合っている”。
だからこそ、
誰も「不在」に気づけない。
「……まずいな」
小さく呟く。
これは一人で抱える話じゃない。
⸻
フェリクスは、足を速めた。
まず——カイオン。
数を数えたのは、あいつだ。
記録を持っているのも、あいつ。
図書棟の脇。
カイオンは、資料を広げていた。
「カイオン」
声をかけると、すぐ顔を上げる。
「……分かった?」
「ほぼ確信した」
フェリクスは、端的に言った。
「アデルは関与してる」
「でも単独じゃない」
カイオンの表情が、引き締まる。
「教授?」
「可能性が高い」
フェリクスは続ける。
「魔法の使用規則を逆手に取ってる」
「授業の名目で、教室外にかけてる」
「……それなら」
カイオンが、名簿を叩いた。
「記録が合う理由も説明できる」
二人の視線が、同時に上がる。
「リュシアにも話す」
フェリクスが言った。
「今はまだ、表に出せない」
「でも——」
「動く準備は必要だ」
⸻
三人が揃ったのは、
人目の少ない回廊の端だった。
フェリクスは、見たこと、考えたことを全て話す。
リュシアは、黙って聞いていた。
最後まで。
「……なるほど」
静かに、そう言う。
「だから、“問題がない”のですね」
「記録上は」
「ええ」
リュシアは、指先を握った。
「消えているのは、人ではなく」
「“人としての扱い”なのですね」
カイオンが、息を吐く。
「最悪だ」
フェリクスは、リュシアを見る。
「どうする?」
一瞬の沈黙。
リュシアは、はっきりと言った。
「今は、証拠を集めます」
「感情で動けば、潰される」
視線が、まっすぐだった。
「でも」
一拍置く。
「もう、見過ごす段階ではありません」
三人の間に、共通の認識が生まれた。
これは、
偶然でも、誤解でもない。
学園の中で、
“許可された形”を装って、
人が削られている。
——そして、その歯車は、まだ止まっていない。
フェリクスは、小さく笑った。
「やっと、スタートラインだな」
誰も否定しなかった。
むしろ——
今まで“動けなかった理由”が、
ようやくはっきりしただけだった。
静かな学園の中で、
三人は同時に理解していた。
これは、
もう“違和感”の話ではない。
意図された異常だ。
そして——
それを止める側に、
自分たちは立ってしまったのだと。




