第62章 助言という名の誘導
暗い部屋だった。
灯りは一つだけ。
円卓を照らすには、足りない。
影の中に、数人が座っている。
誰も名を呼ばない。
必要がないからだ。
その中央で、アデルが口を開いた。
「……次のターゲットだけど」
声は穏やかだった。
講義室で学生に語りかけるのと、ほとんど変わらない。
「成績が振るわない連中は、相変わらず簡単だね」
誰かが頷く。
「成績表を見れば一目で分かる」
「焦ってる子ほど、助言を欲しがる」
アデルは肩をすくめた。
「“効率的な勉強法”」
「“上級生のアドバイス”」
「それだけで、ついてくる」
小さな笑いが、闇に溶ける。
「でもね」
アデルは、指先で机を軽く叩いた。
「もっと簡単な方法がある」
「……両殿下だよ」
一瞬、空気が揺れた。
「え?」
「分からない?」
アデルは、楽しそうに続ける。
「あのカッシウス殿下と、フローラ殿下」
「遠くから見てごらん」
「必ずいるんだ」
「俯いて」
「視線だけで追ってる人が」
「一日や二日じゃない」
「何日も、何日も」
アデルは、指を折る。
「憧れ」
「劣等感」
「届かないという自覚」
「……完璧な下地だ」
誰かが呟く。
「簡単、ですね」
「うん。簡単」
アデルは、にこやかに頷いた。
「話しかける必要もない」
「向こうから、心を差し出してくる」
「“あの人たちみたいになりたい”ってね」
しばしの沈黙。
やがて、別の声が問う。
「……リュシア嬢は?」
その名に、アデルは一瞬だけ目を細めた。
「失敗だったね」
軽い調子だった。
「ユリアン嬢と、ダブルで追い詰めたら」
「いけると思ったんだけど」
「それに」
彼は、椅子にもたれかかる。
「“あの事件”を解決したって聞いて」
「念のため、消した方がいいかなと思ってた」
誰かが息を呑む。
だが、アデルは首を振った。
「……やっぱり、頭のいい子はだめだね」
「自分で考える」
「疑問を持つ」
「そういうのは、扱いづらい」
部屋に、沈黙が落ちる。
それを破ったのは、アデルの穏やかな声だった。
「まあ、いいさ」
「世界を前に進めるには」
「多少の誤差は仕方ない」
「選ばれる者と」
「選ばれない者がいる」
彼は、笑った。
「それだけの話だよ」
暗い部屋で、
誰も反論しなかった。
この夜もまた、
“助言”は準備されていた。
次に手を引かれるのが、
誰なのかも――
すでに決まっているかのように。




