第61章 消された理由を誰も知らない
その日の夜。
カイオンは、寮の自室で灯りを落としていた。
机の上には、何もない。
――正確には、置けなかった。
名簿は持ち出せない。
記録は閲覧制限がある。
写しを取ることすら、規則違反になる。
だから、頼れるのは記憶だけだった。
(……五学年)
(各学年に、数人ずつ)
(共通点は……)
カイオンは、ゆっくりと目を閉じる。
成績が極端に悪いわけでもない。
素行不良でもない。
問題児と呼ばれていたわけでもない。
むしろ――
(“普通すぎた”)
突出していない。
目立たない。
教師にも、同級生にも、強く覚えられない。
だが、確かにそこにいた。
(理由がない)
それが、一番おかしかった。
⸻
翌日。
リュシアは、講義室の後方でノートを取っていた。
黒板の内容は理解できる。
教授の説明も、いつも通りだ。
それなのに。
(……集中できない)
視線が、無意識に空席へ向かう。
「……」
そこには、名前のない席がある。
最初から空いていたような。
ずっと前から、誰もいなかったような。
でも――
(違う)
(あそこ、前は誰か座っていた)
思い出そうとすると、
頭の奥が、軽く痺れる。
(……思い出せない)
リュシアは、そっとノートを閉じた。
(理由が分からない)
(でも、“なかったこと”にされている)
その感覚が、境界で感じたものと似ていた。
⸻
放課後。
フェリクスは、中庭の縁に腰掛けていた。
周囲は賑やかだ。
笑い声も、足音も、いつも通り。
その中で、ふと聞こえてきた。
「ねえ」
「去年、ここにいた子のこと、覚えてる?」
「……誰?」
「ほら、あの」
「……えっと……」
会話は、自然に途切れた。
フェリクスは、目を細める。
(思い出そうとすると、話題が消える)
(無理に掘らせない)
(……上手いな)
誰かが意図的に、
**“理由を探させない仕組み”**を作っている。
フェリクスは、立ち上がった。
(だから、誰も騒がない)
(騒げない)
⸻
その夜。
三人は、短い時間だけ集まった。
「分かったことは?」
フェリクスの問いに、カイオンが答える。
「理由がない」
「選ばれた基準が、見えない」
リュシアが続ける。
「でも」
「“選ばれている”のは、確かです」
三人の間に、沈黙が落ちる。
そして、同時に理解した。
――これは事故じゃない。
――偶然でもない。
「誰も、理由を知らない」
フェリクスが静かに言った。
「だから、誰も止められない」
カイオンは、低く息を吐く。
「……それが、一番怖いな」
リュシアは、拳を握った。
(理由がないなら)
(作られている)
学園は、今日も静かだった。
だがその静けさは、
問いを持たないことで保たれている平穏だった。
そしてそれは――
壊れる前兆でもあった。




