第59章 笑顔で行われること
授業が終わると、
教室には安堵した空気が流れた。
「今日も分かりやすかったな」
「次の演習、楽しみだ」
そんな声があちこちで聞こえる。
アデルの担当教授――
学園内でも名の知れた人物だった。
教え方は丁寧で、
生徒の質問にも嫌な顔一つしない。
「学問は、恐れるものじゃない」
それが、彼の口癖だった。
⸻
教授は、ゆっくりと廊下を歩き、
自分の個室へ戻る。
古い木の扉を閉め、
羽ペンを机に置く。
一息ついた、その時。
「失礼します」
ノックと同時に、扉が開いた。
「おや、アデルか」
教授は、柔らかく微笑む。
アデルは、嬉しそうに書類を差し出した。
「今日の実験結果です」
「経過も、予想通りでした」
教授は、紙に目を落とす。
そこに並ぶのは、
精神集中と記憶定着の相関についての数値。
エイドリアで発展してきた
精神操作系理論の応用研究。
「……うん」
教授は、ゆっくり頷いた。
「なかなかいい調子だね」
「このまま続けてくれると助かる」
アデルの顔が、ぱっと明るくなる。
「ありがとうございます」
教授は、紙を机に置きながら、
何気ない調子で続けた。
「君――」
「規則は、破っていないよね?」
声は穏やかだった。
責める色はない。
ただ、確認するような口調。
一瞬の沈黙。
だが、アデルはすぐに笑った。
「大丈夫ですよ」
「全部、想定の範囲ですから」
教授は、それ以上何も言わなかった。
ただ、満足そうに頷く。
「なら、いい」
⸻
部屋を出ると、
アデルは口笛を吹いた。
軽い足取り。
階段を下りながら、考える。
(ほめられたな)
(今日は、甘いものにしようか)
夕食のことを思い浮かべ、
自然と笑みがこぼれる。
学園は、今日も静かだ。
秩序は守られ、
誰も悲鳴を上げていない。
だから。
アデルは、
自分が何をしているのかを
疑う理由がなかった。




