第58章 最初にかけた席
最初に気づいたのは、フェリクスだった。
昼の講義が終わり、
いつものように廊下を歩いていたときのことだ。
(……あれ?)
足が、ふと止まる。
ローデリクの姿がない。
「……休みか?」
誰に向けるでもなく呟く。
だが、違和感が消えない。
あれほど毎日顔を合わせていたのだ。
調子に乗っている時は特に、声も態度も大きかった。
(昨日はいた)
(今朝も、いたはずだ)
近くにいた取り巻きの一人に声をかける。
「ローデリクは?」
「え?」
きょとんとした顔。
「さあ……」
「最近、あんまり一緒じゃなかったし」
別の学生も肩をすくめる。
「どうせ用事でしょ」
「成績もいいし、教授のお気に入りだし」
——誰も、気にしていない。
フェリクスは、それ以上聞かなかった。
だが、胸の奥に残るものがあった。
(……おかしい)
⸻
その頃、リュシアは教室の端で、ユリアンを見ていた。
以前の彼女は、
視線を合わせるだけで刺すような敵意を向けてきた。
だが最近は違う。
ぼんやりと窓の外を見て、
ノートを取る手も止まりがちだ。
(……元気がない)
嫌がらせが減ったのは、正直ありがたい。
だが。
(こんなユリアン、見たことがない)
呼びかけても、
少し遅れて反応する。
何かを忘れたような、
夢から覚めきらないような目。
リュシアは、胸の奥がざわつくのを感じていた。
⸻
一方、カイオンは記録室にいた。
棚に並ぶ台帳。
整然とした数字。
「……すみません」
記録官に、静かに声をかける。
「学生が減っているように思うのですが」
記録官は、即座に答えた。
「問題ありませんよ」
視線すら上げない。
「彼らは、それぞれ理由があっていなくなりました」
「そのような記録になっていますから」
紙をめくる音だけが、響く。
「……理由、とは?」
「退学、転籍、家庭の事情」
淡々とした声。
「よくあることです」
「気にしないでください」
それ以上の会話は、拒まれていた。
カイオンは、何も言わずに一礼し、その場を離れた。
⸻
廊下を歩きながら、
頭の中で一つの声が蘇る。
——記録は、事実じゃない。
——書き換えれば、なかったことになる。
あの日、教授が、
誰にも聞こえない声で言った言葉。
(……改竄)
カイオンは、立ち止まった。
学園は、今日も静かだ。
誰も騒がず、
誰も困っていない。
だが。
(いなくなった)
確かに、いたはずの誰かが。
その事実だけが、
記録にも、記憶にも、
居場所を失っていた。
静かな学園で、
最初の席が、音もなく欠けていた。




