第57章 数が合わない
カイオンは、紙束を机の上に並べていた。
出席記録。
履修名簿。
課題の提出一覧。
一つひとつは、どこにでもある学内資料だ。
改ざんされた形跡もない。
数字も、整っている。
——はずだった。
「……三十五、か」
小さく呟く。
行方が追えなくなっている学生は、
おおよそ三十五名。
この学園は五学年制だ。
単純に割れば、一学年あたり五人から七人。
数字としては、“あり得なくはない”。
自主退学。
他国への留学。
家庭の事情。
理由はいくらでも思いつく。
(戦争は……ない)
少なくとも、最近は聞いていない。
大規模な疫病もない。
ならば、なおさら——
(多い)
個々で見れば、些細だ。
だが、学園全体で見れば、明らかに多すぎる。
しかも。
(誰も、数を気にしていない)
教授も。
記録官も。
学生も。
「……妙だな」
カイオンは、無意識に眉をひそめた。
そのとき。
「どうしたの?」
柔らかい声が、背後から降ってきた。
振り返ると、アデルが立っていた。
相変わらず、穏やかな笑顔。
親しみやすい口調。
「顔、難しいよ」
「課題?」
一瞬、胸の奥がざわつく。
(……嫌な匂いだ)
理由は分からない。
ただ、本能が警鐘を鳴らした。
カイオンは、すぐに表情を整えた。
「いえ。数字を整理していただけです」
「癖みたいなもので」
アデルは、首を傾げる。
「真面目だね」
「ほどほどにしないと、疲れちゃうよ?」
「お気遣い、ありがとうございます」
丁寧に一礼する。
それ以上、隙を見せない。
「では、失礼します」
そう言って、踵を返した。
⸻
カイオンの背中が遠ざかるのを、
アデルはその場で見送っていた。
笑顔は、崩れていない。
だが——
目だけが、静かに動く。
(……勘がいい)
小さく、息を吐く。
「やっぱり、優等生は厄介だね」
声は低く、誰にも届かない。
再び、笑顔を作る。
学園は今日も、平穏だった。
ただ、
数が合わないことに気づく者が、増え始めている——
それだけが、確かだった。




