第114章 教授の研究資料が示す、決定的な欠陥
副校長室の灯りは、深夜になっても消えなかった。
机いっぱいに広げられた羊皮紙。
魔術式、補助式、理論注釈。
幾層にも重ねられた設計図は、まるで迷宮だった。
ミレーヌは、資料を一枚めくり——
そして、動きを止めた。
「……これは……」
息を呑む。
高度すぎる。
精神魔法、記憶干渉、認識改変。
それらを単独ではなく、連結し、循環させ、自己補強する構造。
魔術工学として、完成度が異常だった。
「なぜ……」
声が、かすれる。
「なぜ、これほどの才能を……」
「生徒を潰すために使った……」
学術的に見れば、革命的ですらある。
だが、その用途は——最悪だった。
ミレーヌは、奥歯を噛みしめる。
(私は、負けたくない)
(こんなものに)
昼も夜も区別なく、解読を続けた。
式を分解し、再構築し、矛盾を探す。
抜け道、歪み、欠陥。
だが——
「……ない」
完成度が高すぎる。
崩すための“隙”が、ほとんど存在しない。
それでも。
ミレーヌは、目を凝らし続けた。
(必ず、何かある)
(完全な魔法など、存在しない)
⸻
「……やれやれ」
不意に、空気が揺れた。
ミレーヌが顔を上げると、
机の端に、見覚えのある青年が腰掛けていた。
精霊王だった。
「アウルスに頼まれてね」
気だるそうに言う。
「助けてあげてほしい、って」
「まったく、仕方ない人間だ」
ミレーヌは、思わず立ち上がる。
「……来てくれたのですか」
「来たというより、呼ばれた」
精霊王は資料に目を落とし、鼻で笑った。
「なにが困っている?」
「こんな簡単な構造で、詰まっているのか?」
「……簡単、ですか」
ミレーヌは、疲れ切った声で答える。
「大枠は解読できました」
「ですが——ここです」
指で示す。
「精神への介入を解除した後、自我を再固定する工程」
「この部分だけが、欠けている」
「意図的に、です」
精霊王は、少しだけ目を細めた。
「なるほど」
「戻すことを、想定していない構造か」
ミレーヌは、悔しそうに頷いた。
「だから、完全な回復ができない」
「……ここが、決定的な欠陥です」
精霊王は、肩をすくめた。
「そんなものか」
そう言って、何の躊躇もなく手を伸ばす。
空中から、小さな光の結晶を取り出した。
「ほら」
「自我の核を補強する“定着片”だ」
「精霊界じゃ、子どもでも知ってる」
ミレーヌは、一瞬、言葉を失った。
「……こんな……」
「簡単な……」
精霊王は、あくびを噛み殺す。
「人間は、いつもそうだ」
「難しく考えすぎる」
「でもまあ」
ちらりとミレーヌを見る。
「ここまで食い下がったのは、嫌いじゃない」
ミレーヌは、結晶を両手で受け取り——
その場に膝をついた。
「……ありがとうございます」
声が、震える。
感涙だった。
「まだ、間に合う」
精霊王は、立ち上がりながら言った。
「完全じゃなくても」
「“戻る道”は、作れる」
部屋に、再び静寂が戻る。
ミレーヌは、結晶を胸に抱きしめた。
(負けない)
(生徒たちは、必ず取り戻す)
そして彼女は、再び資料に向き直った。
今度は——
希望を、手にして。




