第113章 戻らないもの、残された時間
副校長室は、静まり返っていた。
重厚な木の扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
ミレーヌ副校長は、机の前に立ったまま、
しばらく言葉を選ぶように黙っていた。
「……本来なら」
ゆっくりと、口を開く。
「あなたたちに話す内容ではありません」
「ましてや、生徒に聞かせる話ではない」
リュシア、カイオン、フェリクスは黙って頷いた。
それでも、目を逸らさない。
ミレーヌは、その視線を受け止めて続けた。
「ですが——あなたたちは、もう十分に関係者です」
「資格がある」
一息、吐く。
「救出された生徒たちは、命に別状はありません」
「回復には、向かっています」
フェリクスが、わずかに肩の力を抜いた。
だが、次の言葉が続く。
「……ただし」
ミレーヌの声が、低くなる。
「精神に何度も、何度も介入された者がいます」
「弱い部分を執拗に、繰り返し」
「——完全には、戻りきっていない」
室内の空気が、重く沈んだ。
カイオンが、思わず拳を握る。
ミレーヌは、悔しそうに視線を落とした。
「全力で治療は続けます」
「学園として、私個人としても」
「……ですが」
声が、わずかに震える。
「これほど自分が不甲斐ないと感じたのは、初めてです」
その沈黙を破ったのは、リュシアだった。
「わかりました。ただ——」
声に、抑えきれない苛立ちが滲む。
「その後も、生徒は減り続けています」
「私たちも必死に防ごうとしています」
「でも……敵は、上手すぎる」
思わず、強く言い切っていた。
ミレーヌは、目を閉じる。
「……もう少し、待ってください」
それは、命令でも慰めでもなく、
かすかな懇願に近かった。
⸻
同じ頃。
隔離された一室。
結界の中で、校長は立っていた。
隣には、精霊王。
相変わらず不機嫌そうに腕を組み、
アデルを一瞥する。
「……こいつはもう末期だよ」
鼻を鳴らす。
「匂いが、臭すぎる」
「正直、私はあまり近寄りたくない」
アデルは、肩をすくめて笑った。
校長は、その笑みを真っ直ぐに見据える。
「お前は、生徒たちを潰した」
静かな声だった。
「お前ができることは、もう一つしかない」
「——生徒たちを、元に戻すことだ」
「何か、方法はないのか」
アデルは、少し考える素振りをしてから、
あっさりと言った。
「できること?」
「ああ……私は、国のために十分尽くしましたから」
楽しそうに、続ける。
「生徒たちは、回復しなくていいんですよ」
「もう“結果”は出ました」
校長の眉が、わずかに動く。
「……結果?」
「ええ」
アデルは、当然のように言った。
「実験結果は、教授に渡しました」
「全部、ね」
その瞬間。
校長の思考が、一気に繋がった。
(実験結果——)
(そこに、逆算の手がかりがある)
校長は振り返り、風の精霊を呼ぶ。
「ミレーヌに伝えろ」
低く、はっきりと命じる。
「教授の研究資料、実験記録」
「すべて探せ」
「——そこに、生徒を戻す鍵があるかもしれない」
風が、音もなく走り去った。
背後で、アデルが小さく笑う。
「まだ、やるんですね」
校長は、振り返らなかった。
時間は、もう多く残されていない。




