第111章 誰も騒がない、という異常
夜の学園は、静かだった。
灯りの落ちた中庭を見下ろしながら、
フェリクスは腕を組んで言った。
「……おかしいよな」
その声は低く、いつもの軽さがなかった。
「全部、終わったはずだ」
「アデルも捕まった。教授も、廊下で戦ったアデルの関係者たちも」
カイオンが、ゆっくり頷く。
「理屈の上では、ね」
机の上には、書き留められた記録が並んでいる。
消えた生徒の数、戻った人数、回復後の状態。
数字は、確かに“改善”していた。
だが——
「……それでも」
リュシアが、窓の外から視線を戻す。
「また、同じ話を聞いたの」
二人が顔を上げる。
「成績が伸びない」
「自分は価値がない」
「ここにいる意味がわからない」
「——だから、“誰か”が声をかけてきた」
フェリクスは舌打ちした。
「誘い文句が、同じだな」
「うん」
リュシアは淡々と続ける。
「方法は違う」
「魔法じゃないかもしれない」
「でも、“流れ”は同じ」
カイオンが、静かに言った。
「つまり——」
「アデルを捕まえても、終わらなかった」
沈黙が落ちる。
夜風が、紙を一枚めくった。
フェリクスは、天井を見上げる。
「敵は誰だ?」
「人か?」
「思想か?」
「それとも——」
「学園そのもの?」
リュシアは、首を振る。
「違う」
「学園は場所」
「問題は、“選ばせる構造”」
カイオンが、言葉を継ぐ。
「“できる者”と“できない者”」
「“選ばれる側”と“見捨てられる側”」
「その境目に立った人間が」
「いつの時代でも、同じことをする」
フェリクスが、低く笑った。
「じゃあ、終わらせ方も——」
「一人捕まえる、じゃ足りないな」
その時。
遠くの棟から、かすかな声が聞こえた。
歌だった。
調子外れで、楽しそうな。
——拘束室。
厚い結界の中で、
アデルは壁に背を預け、足をぶらぶらさせていた。
「ラララ〜」
「ねえ、聞こえてる?」
誰にともなく、笑う。
「僕が捕まってもさ」
「流れは止まらないよ〜」
指を鳴らす。
「だってね」
「“正しいことをしたい人”は」
「いつでも、次が生まれるんだから」
ニヤリ、と口角が上がる。
「止められると思う?」
歌は、また始まった。
楽しそうに。
心底、愉快そうに。
学園の夜は、静かだった。
——あまりにも、静かすぎるほどに。




