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境界に立つ者たち  作者: 麻婆豆腐


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第110章 正しいはずの回復


医務棟は、静かだった。


薬草の匂い。

白い布。

整然と並ぶベッド。


——すべてが、正しい。


正しすぎるほどに。


⸻


副校長は、

救出された生徒たちの記録を

一つずつ確認していた。


「……脈拍、安定」


「精神波形、問題なし」


「記憶の欠損も——」


言葉が、止まる。


「……軽微」


隣に立つ校長が、

視線を上げた。


「“軽微”とは?」


副校長は、

少しだけ眉を寄せた。


「本人の自覚はない」


「生活に支障もない」


「……だが」


一枚の記録に、

指を置く。


「回復後、感情の振れ幅が一定になっている」


⸻


「それは……良いことでは?」


若い教官が、

戸惑いながら言った。


「情緒が安定した、とも取れます」


副校長は、

静かに首を振る。


「人は、そんなふうに“整わない”」


⸻


同じ頃。


リュシアたちは、

救出された生徒の一人——

アイリスのルームメイトを、遠くから見ていた。


彼女は、

友人たちに囲まれていた。


笑っている。

相槌を打っている。


何も、問題はない。


——表面上は。


⸻


アイリスが、

思い切って聞いた。


「ねえ……」


「怖かった?」


ルームメイトは、

一瞬だけ考える。


「……ううん」


「よく、覚えてない」


「でもね」


穏やかな声で、続けた。


「もう、大丈夫だって思うの」


⸻


その言葉に、

フェリクスの喉が鳴った。


(“思う”……か)


確信でも、安心でもない。


ただ、

刷り込まれた結論。


⸻


カイオンは、

彼女の周囲の魔力を読む。


(……ない)


封印も、拘束もない。


だが——


(空白が、綺麗すぎる)


⸻


その夜。


リュシアは、

自室で眠れずにいた。


助けた。

間に合った。


——はずだった。


それなのに。


(……何が、戻っていない?)


⸻


机の上に、

彼女はノートを開く。


救出前。

救出直後。

現在。


三つを、

慎重に比べる。


共通点が、

一つだけあった。


⸻


「恐怖の記憶が、綺麗に処理されている」


思い出せないのではない。


“思い出す必要がない”と

判断された形跡。


⸻


その瞬間。


リュシアは、

はっきり理解した。


(これは……)


(回復じゃない)


(“仕上げ”だ)


⸻


遠くで、

鐘が鳴る。


学園は、今日も平穏だった。


だがその平穏は、

「壊れた後に整えられた静けさ」。


——次に消えるのは、

誰なのか。


誰も、

答えを持っていなかった。

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