第109章 戻ってきたはずの席
朝の教室は、いつも通りだった。
窓から差し込む光。
紙をめくる音。
椅子を引く音。
——違和感は、その中に自然に溶け込んでいた。
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リュシアは、
教室を見渡してから、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。
(……いる)
前列、窓際。
アイリスのルームメイトが、座っている。
事件のあと、
確かに救出された生徒の一人。
数日前までは、
医務室で眠るように休んでいたはずだった。
「復帰はもう少し先」と
副校長が言っていたはずなのに。
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彼女は、机に向かい、
きちんと姿勢を正していた。
顔色も悪くない。
呼吸も安定している。
だが——
(……静かすぎる)
目が、合わない。
誰かが声をかけても、
反応が一拍遅れる。
それでも、
笑顔だけは完璧だった。
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休み時間。
アイリスが、
恐る恐る声をかける。
「……大丈夫?」
ルームメイトは、
ゆっくりと首を傾けた。
「え?」
「えっと……何が?」
その声は、穏やかで、柔らかい。
「もう、平気だよ」
「先生にも“問題ない”って言われたし」
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その言葉に、
リュシアの背中を冷たいものが走った。
——まただ。
“問題ない”。
あまりにも便利で、
あまりにも危険な言葉。
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カイオンは、
遠くから彼女を観察していた。
(……魔力の反応が、薄い)
完全に消えてはいない。
だが、
人として自然な揺らぎがない。
まるで——
(調整されたみたいだ)
⸻
フェリクスは、
何も言わなかった。
ただ、
教室の後ろの空席を数えていた。
一つ。
二つ。
昨日より、
また一つ増えている。
誰の席だったか、
思い出せない。
⸻
授業中。
教授が問いを投げる。
ルームメイトは、
すぐに正解を答えた。
声も、内容も、
非の打ち所がない。
教室が、ざわめく。
「すごい……」
「前は、あんな成績だったっけ?」
彼女は、
ただ微笑んだ。
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その瞬間。
リュシアは、
はっきりと感じた。
(……“助かった”んじゃない)
(“戻された”だけだ)
⸻
昼休み。
アイリスが、
小さく震える声で言った。
「ねえ……」
「私、怖い」
「助けたはずなのに……」
言葉を、探す。
「……前の“彼女”が、いない気がする」
⸻
その頃。
掲示板に、
新しい張り紙が出ていた。
「履修調整のお知らせ」
理由不明の再編成。
説明は、ない。
そこにあったはずの名前が、
すでに消えていた。
⸻
学園は、
“回復している”ように見えた。
だが実際には——
壊れたまま、
綺麗に並べ直されているだけだった。
そしてそれは、
救出された者さえ、例外ではない。
静かに。
確実に。
異変は、次の段階へ進んでいた。




