第105章 沈黙する王宮
王宮の夜は、学園よりも静かだった。
石造りの廊下は音を吸い込み、
足音さえ、どこか遠くに消えていく。
「……報告は以上です」
軍務局の若い書記官が、震える声で告げた。
皇帝は、何も言わない。
机の上には、
学園事故の概要、
防衛魔法の損傷記録、
そして——
精霊によって示された“干渉の痕跡”。
「確認する」
皇帝は短く言った。
「この事故が起きた時刻」
「校長と副校長が王都に呼び出された理由」
「それを決定した者の名を」
書記官は一瞬、言葉に詰まった。
「……該当する文書が、見当たりません」
「“誰か”が独断で動いた可能性が高いかと……」
その瞬間。
部屋の空気が、目に見えないほどわずかに冷えた。
皇帝は、ゆっくりと立ち上がる。
「つまり」
「正式な命令ではない」
「だが、校長と副校長は」
「“王宮からの要請”だと信じて動いた」
誰も答えない。
答えられない。
沈黙が、重く垂れ下がった。
「……厄介だな」
皇帝は低く呟いた。
学園は、国の根幹だ。
軍事・魔法・行政、すべての人材がそこから育つ。
そこに、
王宮の影が入り込んだとなれば。
しかも、それが公式の命令ですらないとなれば——
「内部か」
皇帝は、視線を側近に向けた。
「あるいは、内部を装った“過激派”か」
側近は、苦い顔でうなずく。
「最近、ガルディア国を意識した動きが強まりすぎています」
「精神魔法を“対抗手段”として推す声も……」
「それが、学園にまで及んだ?」
皇帝の声は静かだった。
だが、その静けさが、逆に恐ろしい。
「……学園は実験場ではない」
「未来を担う場所だ」
その時。
扉の外で、
かすかな物音がした。
「——誰だ」
返事はない。
近衛兵が扉を開ける。
そこには誰もいない。
ただ、
廊下の床に、
一枚の書類が落ちていた。
拾い上げると、
それは軍部内部の非公式メモ。
内容は短い。
「事故は成功した」
「防衛魔法の一部は予測通り弱体化」
「だが、想定より被害が拡大」
最後の一行だけ、
文字が震えるように歪んでいた。
「制御できていない」
皇帝は、それを見つめたまま、動かなかった。
「……なるほど」
「これは」
「もう“処理”の段階を越えている」
側近が、恐る恐る問う。
「では、陛下」
「禁忌魔法の許可を……?」
皇帝は、即答しなかった。
しばらく考え、
静かに言った。
「準備を進めろ」
「だが」
「まだ、正式な許可は出さない」
「責任の所在が完全に見えるまで」
「——泳がせる」
その言葉に、
数名の者が息を呑んだ。
泳がせる。
つまり——
まだ、王宮内に“敵”がいるという前提。
皇帝は、窓の外を見た。
遠くに見える、学園の灯り。
「……あの場所に手を出したこと」
「必ず、後悔させる」
その夜。
王宮は何事もなかったかのように静まり返っていた。
だが、
誰も知らぬ場所で。
歯車は、
まだ止まっていなかった。




