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境界に立つ者たち  作者: 麻婆豆腐


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第104章 疑念提示


校長は、窓辺に立ったまま、長い間動かなかった。


夕暮れの学園は静かだった。

講義も終わり、鐘の音も遠い。


——あまりにも、いつも通りだ。


「……」


その沈黙を破ったのは、軽い音だった。


ぱちん、と指が鳴る。


次の瞬間、空間がゆがみ、

人の姿をした“何か”が現れた。


世にも珍しいほど整った顔立ちの青年。

年の頃は二十歳前後に見えるが、

その瞳の奥には、人の時間では測れない深さがある。


精霊王だった。


「どうした、アルケオン」


楽しそうに笑い、肩をすくめる。


「お前が呼ぶなんて珍しいな。よほどだろ?」


精霊王の視線は、すぐに机の上に並べられた料理へ移った。


「おっ」


「これこれ、こういうのだ」


断りもなく手を伸ばし、

焼き菓子をひとつ、ふたつと頬張る。


「ふん……やはり人間界の菓子は良いな」

「甘さが雑で、遠慮がなくて……」


校長は、わずかに苦笑した。


「好きなだけ食べて構いません」

「……ただし、その後で話を聞いてください」


「もちろんだとも」


精霊王は最後の一口を飲み込み、

急に真顔になった。


「さて」

「何があった?」


校長は、ゆっくりと語り始めた。


学園で起きた異変。

防衛魔法の綻び。

助役と教授による違反。

そして——生徒たちが、知らぬ間に消えていたこと。


「……事故が起きた」

「それ自体は、珍しいことではありません」


だが、と校長は続けた。


「問題は、時期です」


精霊王の眉が、わずかに動いた。


「私と副校長が、王都に呼ばれていた間」

「その直後に、結界の要が損なわれた」


「もし事故がなければ」

「防衛魔法が脆くなることもなかった」


校長は、そこで一度言葉を切った。


「私は——」

「偶然だとは、思えなくなっています」


精霊王は、しばらく黙っていた。


やがて、軽く息を吐く。


「なるほどな」


「よし」

「我がそいつらを皆殺しにしてやろう」


「やめなさい」


即座に校長が止める。


精霊王は声を上げて笑った。


「冗談だ、冗談」

「……まあ、半分くらいは本気だがな」


そう言ってから、指を鳴らす。


ぱちん。


空間に、もう一つの“気配”が立ち上がった。


現れたのは、

人ではない。

精霊でもない。


光の糸のような存在。

過去と現在の“痕跡”だけを辿る、

記録に近い精霊——因果視の精霊だった。


「こいつはな」

「起きた出来事“そのもの”しか見られん」


「誰が命じたか」

「何を考えていたか」

「そこまでは分からん」


「だが——」


精霊王の声が低くなる。


「どこから干渉があったか」

「それだけは分かる」


因果視の精霊が、静かに光を走らせる。


学園。

防衛魔法。

事故が起きた瞬間。


そして——


光は、学園の外へと伸びた。


王都の方向へ。


「……」


校長は、目を伏せた。


「学園の内側だけでは、完結していない」

「外から“引かれた”痕がある」


精霊王は肩をすくめる。


「王宮か、軍か、議会か」

「そこまでは言えん」


「だが一つだけ確かだ」


「これは——」

「学園の過失“だけ”ではない」


沈黙が落ちる。


校長は、ゆっくりと息を吐いた。


「……やはり、禁忌魔法が必要ですね」


「責任の所在を」

「曖昧なままにはできない」


精霊王は、珍しく真剣な顔でうなずいた。


「だろうな」

「これはもう、教育の問題じゃない」


「——政治だ」


精霊王は立ち上がり、

最後にもう一つ菓子をつまんだ。


「アルケオン」

「面倒なことになるぞ」


校長は、静かに答えた。


「ええ」

「ですが——」


窓の外、学園を見下ろす。


「それでも、守らねばなりません」

「ここは、学ぶ場所ですから」


精霊王は、少しだけ笑った。


「……相変わらずだな」


光が消え、精霊王の姿も薄れていく。


その場に残った校長は、

王都の方角を、長く見つめていた。


——もし、責任が王宮側にあるとしたら。


禁忌魔法は、もはや避けられない。


そしてそれは、

学園だけで終わる話ではなくなる。


静かな学園の夜に、

重い決断の気配だけが、確かに残っていた。

 

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