九本目 今しかねぇだろ!
相手は五人。
黒い目出し帽を被り、手には木を削って作られた、棍棒のような物を持っている。
「へへっ。この女、よく見りゃめちゃくちゃ可愛いじゃねぇか」
「ああ、依頼主に渡すのがもったいねぇな」
依頼主? 何言ってんだ、こいつら。けれど、今はその言葉すらまともに頭に入ってこない。
とにかく、眠い。頭が痛い。
猛烈に、タバコが吸いたい。
俺は、ふらふらと立ち上がる。そんな俺の腕にわかばが触れた。
「勇者様! ど、どうしちゃったんですか!」
「うるせぇ!」
思わずその手を跳ね除けた。
「ひっ、ご、ごめんなさい」
わかばは目に涙を浮かべ、ガタガタと震えていた。
え? なんだ今の。
嘘だろ。俺が、言ったのか。
「ハハッ、なんだ仲間割れか?」
「お嬢ちゃん、こんなやつほっといて、俺たちとあそぼーぜ」
俺の正面にいた男が、わかばに近づこうとする。すかさず、別の男から声が飛んだ。
「バカを言うな。ターゲットには手を出すなって依頼だろ」
「ちっ、わかってるよ」
男は不満そうに足を止めた。俺はゆらゆらと、その男に近づく。
「消えろよ。今、無性にイラついてんだ」
「ああ?」
俺は拳を固く握り込む。そして、男の顔面を狙って振り抜いた。
けれど、俺のパンチは力なく空を切る。
「え?」
「ハハッ、なんだそのへなちょこパンチは。勇者ってのは、そのおかしな格好だけか?」
「くっ」
それから、右、左と、次々にパンチを放つ。
けれど、そのどれも当たらない。
「じゃあな! 勇者様ぁ!」
男は手にした棍棒を振り上げた。
「やばっ……」
その男に気を取られた瞬間、背後から鈍い衝撃が走った。
不意……打ち、かよ。
視界が白く弾ける。
やべ。
これ死ぬかも。
俺はそのまま、その場に倒れ込んだ。
「勇者様ぁぁぁ!」
わかばの声が聞こえる。
「おい! 暴れるな! 大人しくしろ!」
「離してください!」
薄れゆく意識の中。
かすむ視界に、涙を流しながら男たちに連れて行かれるわかばが映った。
「わ……かば……」
◆
【勇者スキル:LOCKED】
【精神安定スキル:LOCKED】
【勇者スキル再解放まで、残り一時間十八分】
「はっ!」
目を覚ました俺は、勢いよく上半身を起こした。
「うっ」
その瞬間、後頭部に鈍い痛みが走る。触れてみると、頭には布がきつく巻かれていた。
俺は頭を押さえながら、辺りを見回す。見覚えのない板張りの壁、それに、鉄のような匂いが鼻をつく。
「ここは?」
「よかった! 目が覚めましたか」
声のする方向へ目を向けると、そこにはあの武器屋の店主が立っていた。
「あなたが、助けてくれたんですか?」
「ええ、暴漢に襲われて倒れたあなたをここまで運んできました」
「暴漢……はっ! わかばは!?」
「彼女は、奴らに連れ去られました」
「連れ去られ……た?」
「すみません。私はあなた方が襲われている時、怖くて物陰に隠れることしかできませんでした」
店主はそう言って深く頭を下げた。
まだ、無性にイラついている。けれど、これはヤニ切れなんかじゃない。
「顔を上げてください」
「え?」
店主は驚いたように俺の顔を見た。
「あなたは、何も悪くない」
それから俺は、目の前に表示された赤い文字に目を向けた。
【勇者スキル:LOCKED】
【精神安定スキル:LOCKED】
【勇者スキル再解放まで、残り一時間十六分】
「最低だ。俺……」
俺は視線を落として、自分の手のひらを見つめた。
「何が、超越せし者だ……何にも、変わってねぇじゃねぇか」
それから、怒りに震える拳を強く握り込む。
「ははっ。俺はチートがなきゃ、女の子一人守れない、どうしようもないヤニカスだ……」
俺が顔を上げると、店主は悲しげな顔で見下ろしていた。
「いくら魔王軍を倒したあなたでも、後ろからの不意打ちは仕方ありません」
けれど、その慰めが余計心に刺さった。
「助けてくれて、ありがとうございます。あなたの名前は?」
「私はマルクと言います」
「マルクさん! あいつらは何者なんです!?」
マルクは静かに口を開く。
「奴らはここ近年、セブンスターで暗躍する犯罪グループです」
「犯罪グループ?」
「ええ、けれど、彼らのほとんどは素人です。それに、お互いの名前や素性さえ知らない」
「それって」
「ただ、魔法石から届く指示に従って集まり、実行するだけの寄せ集めの集団です」
「寄せ集め……そんな奴らに……」
「彼らは、匿名流動型盗賊団と呼ばれています」
「トクリュウって、異世界にもいんのかよ」
「いえ、トクリュウではなくトクトウと呼ばれています」
「そんなことはどっちでもいい! わかばはどこだ!?」
「た、たぶん、街外れにある古い倉庫です。隠れている間、連中がそう話しているのを聞きました」
【勇者スキル:LOCKED】
【精神安定スキル:LOCKED】
【勇者スキル再解放まで、残り一時間十四分】
「助けに行かないと……」
「ですが! あなたは大怪我を——」
「案内してもらえますか?」
「今から行ってももう間に合わな——」
「お願いします!」
しばらくマルクは黙り込み、顔を伏せた。
「わかりました。ついてきてください」
◆
【勇者スキル:LOCKED】
【精神安定スキル:LOCKED】
【勇者スキル再解放まで、残り一時間二分】
俺はマルクの案内で、わかばがいる街外れの倉庫を目指して走っていた。
「だ、大丈夫ですか〜」
はるか前を走るマルクが振り向いた。
「ぜぇ、ぜぇ……だ、大丈夫……」
「あなた、お若いのに全然大丈夫に見えませんが……」
くそっ。
くそっ。
走りたい。早く行きたい。
ちゃんと、わかばに謝りたい。
そんな時でも、俺の肺は悲鳴を上げていた。
「このままでは間に合いませんよ!」
そんなことはわかってる。
でも。
そのとき、昼間、村長から渡された小瓶のことを思い出した。
——ここぞという場面でお使いください。
「ここぞという場面……」
わかばの笑顔が、頭に浮かんだ。
「ここぞって、今しかねぇだろ!」
俺は走りながら、懐にしまっていた小瓶を取り出すと、栓を開けて中身を口に含んだ。とてつもない苦味が口の中に広がる。
「うっ、なんだこれ!」
俺は顔をしかめながら、液体を一気に飲み込んだ。その瞬間、まるで火炙りにされているのかと思うほど、身体が熱くなる。
腹の底から、力が湧き上がる気がする。全身の毛が逆立ち、滝のように汗が吹き出てくる。
「全身が奮い立つって、こういうことかよ!」
【代謝率の異常上昇を検知】
【阻害物質、体内残留量、超高速低下】
【勇者スキル再解放まで、残り五十分、三十分、十五分……】
「これは、あの時と同じ……」
タイマーの数字が、一秒ごとに何分も削れていく。
「何してるんですか! 急いでください!」
マルクの声を無視して、俺はその場に立ち止まった。
【勇者スキル再解放まで、残り十分、五分、二分……】
ごめん。情けない話だけど、今の俺じゃ、お前を助けられない。
だから。
「もう一度だけ、この力に頼らせてくれ!」
俺の叫びが、闇夜のセブンスターに響き渡った。
【勇者スキル再解放まで、残り一分、三十秒、十秒……】
大きく息を吸い込んだ。
それから、拳に力を込める。
【勇者スキル再解放まで、残り七秒、三秒、一秒】
【勇者スキル:UNLOCKED】
【精神安定スキル:発動】
【ステータス更新】
【攻撃力:999】
【防御力:999】
【素早さ:999】
【魔 力:999】
【勇者スキル:《超越せし者》を再解放しました】
「マルクさん! 走るぞ!」
「いや、だからさっきから走ってますけど」
俺はマルクに駆け寄ると、その身体を横抱きに抱え上げた。
「ひ、ひゃあ、な、何を!」
「俺が走った方が早い。マルクさんは道案内だけしてくれ」
「で、ではせめてお姫様抱っこはやめ——」
なぜか顔を赤らめたマルクを無視して、俺は闇夜のセブンスターを全速で駆け出した。
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