十本目 力こそパワーだ!
俺は、マルクをお姫様抱っこしながら、闇夜のセブンスターを爆走していた。
「あっ、見えてきました! あの建物です!」
マルクが指差したのは、赤いレンガ造りの大きな建物だった。
「あそこに、わかばが……」
そう思うと、自然と俺の足はさらに速まった。
「ちょ、ちょっと飛ばしすぎですよぉぉぉ!」
悲鳴のような声を上げるマルクを無視して、俺は爆速で建物の入り口にたどり着いた。
入り口は、重い金属製の扉だった。
「ひゃあっ」
俺はマルクを放り投げると、鉄の扉に手をかけた。扉には鍵がかかっているようだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
マルクは起き上がると、俺の手を止めた。
「なんで?」
「わ、私は戦えませんよ! それに相手は五人います!」
「それがどうしたんだ?」
「何か、作戦を考えないと……」
「必要ない」
「え?」
「力こそパワーだ!」
「はい?」
俺は鉄の扉の取っ手を掴み、一気に引いた。バキン、と錠が弾け飛び、扉が勢いよく開く。
「だ、誰だ!」
「鍵をかけてたはずだろ!」
倉庫の中からは、トクトウたちの間抜けな声が聞こえてきた。
「マルクさんはここで待っていてくれ」
「え、あ、はい」
明らかにドン引きしているマルクを置いて、俺は薄暗い倉庫の中へ入った。
「わかばぁぁぁ!」
わかばは杖と一緒に、倉庫の隅に置かれた鉄の檻に入れられていた。手足は縛られ、口は布で封じられている。
「お、お前は!」
「な、なんでここがわかった!」
トクトウたちは立ち上がり、一斉に棍棒を構えた。俺はそれを無視して、わかばに近づく。
「て、てめぇぇ!」
右手から一人の男が、棍棒を振りかざしながら突進してきた。
「ん、んんっ!」
わかばの言葉にならない、くぐもった叫びが響く。俺は男が振り下ろした棍棒をガシッと右手で掴んだ。
「え、は?」
俺がそのまま力を込めると、メキメキと音を立てて棍棒に指がめり込んでいく。
「ば、化け物……」
男が慌てて手を離した次の瞬間、俺の手の中で棍棒は粉々に砕けた。
震えながら後退りする男を無視して進み、俺はわかばが捕らえられている檻の手前に膝をついた。
「わかば、今助ける」
わかばの綺麗な顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「んんっ、んーしゃしゃまぁぁ!」
俺は鉄格子に両手をかけた。メリメリと音を立てながら、鉄格子が左右へ大きく曲がっていく。
やがて、人一人が通れるほどの隙間ができた。
そのとき、後ろに人の気配を感じた。直後、コツン、と後頭部に何かが触れる。
「う、嘘だろ……」
膝をついたまま振り返ると、先端が折れた棍棒を手にした男が、狼狽えていた。俺は男を無視して、わかばの口を覆っていた布を解いた。
「勇者様ぁぁぁ!」
「お、おい。ちょっと待——」
わかばは、縛られた足で無理やり立ち上がり、俺に飛びつこうとした。けれど、すぐに足がもつれる。
「きゃっ」
倒れ込んできた身体を、俺は慌てて抱き止めた。わかばはそのまま俺の胸に顔を埋め、声を上げて泣き始めた。
わかばの髪から、ほのかに甘い香りがする。
「ま、待て! まずは縄を解かないと……」
俺はわかばの頭を撫でながら、その身体をそっと床に座らせた。
「もう大丈夫だから」
「……はい」
手足に食い込んだ縄へ指をかけ、わかばの肌を傷つけないよう慎重に引きちぎる。
「ちょっと、待っててな」
「はい……勇者様」
俺は立ち上がると、建物の外に目を向けた。マルクは入り口からひょっこり顔を覗かせていた。
「マルクさん! わかばを頼む!」
「は、はい!」
マルクは腰を屈めながら、そそくさと建物に入ってきた。そして、わかばを抱え起こすと、建物の外へと連れていく。
「さてと……」
俺は、建物の隅に固まっていた男たちを睨みつけた。
「お、女には乱暴なんてしてないぞ!」
「依頼どおり、傷つけてない!」
男たちはガタガタと震えていた。
「あ? 当然だろ」
俺はゆっくりと男たちに歩み寄る。
「ひっ、ひぃ」
男たちは後退りしながら尻餅をついた。
「もしわかばに何かあったら、てめーら全員灰になってたぞ?」
「お、俺たちはただ依頼されただけだ!」
俺はそう言った男の前に膝をつき、目線を合わせた。それから、男の胸ぐらを掴み、顔を引き寄せた。
「依頼したのは誰だ?」
「し、知らない! 魔法石に指示が届いただけだ!」
男の目に涙が浮かんだ。
「その指示とは?」
「ゆ、勇者の格好をした男の隣にいる、長い黒髪の女をさらえと」
「さらって、どうするんだ?」
「さらった後は、この倉庫に連れ込んで夜明けまで待てと……」
「夜明けになったら、誰が来る?」
「し、知らない! そのときになれば、また魔法石に指示が届くはずだったんだ!」
「その魔法石はどこだ?」
「あ、あいつが持ってる……」
その指が示した先では、別の男が震える手で紫色に光る石を抱えていた。
「そうか……」
俺は男の胸ぐらを掴んだまま立ち上がり、その身体を軽々と持ち上げた。
「な、何を! 全部話したぞ!」
男の言葉を無視して、そのまま鉄の檻の中に投げ飛ばした。それから、残った男たちを睨みつける。
「お前らも全員入れ! 朝まで檻の中で反省してろ!」
「へ?」
「魔法石も持って入れ! 連絡があったら、すぐ俺を呼べ!」
「は、はいぃぃぃ!」
俺は曲げた鉄格子を元に戻すと、倉庫の外で待つわかばのもとへ向かった。今夜は、ここで朝を待つことになりそうだ。
◆
建物の外ではわかばが啜り泣いていた。マルクはそんなわかばを必死になだめている。
「わかば!」
「ひっ、ぐすん。勇者様ぁ」
俺はわかばのもとに駆け寄った。
「わかば、ごめんな。本当にごめん」
俺はわかばに深く頭を下げた。
「頭を上げてください。勇者様」
「俺、わかばに酷いことを……」
「でも、私を助けに来てくれました」
俺が恐る恐る顔を上げると、わかばは涙で濡れたまま、俺に笑いかけた。
「だから、もう気にしないでください!」
「わかば……」
「それに、勇者様こそ、頭にお怪我をされましたよね!」
わかばは包帯の巻かれた俺の頭を指差した。
「いや、もうだいじょ——」
「動かないでください!」
俺の頭を優しく、温かい光が包みこんだ。
「どうですか?」
「うん。もう大丈夫、ありがとう……」
俺がそう言うと、わかばはまたニコッと笑った。
俺なんかに構わずに、もっと自分の心配をしろよ。
本当に、何やってんだ俺。
なんで、俺が励まされてんだ。
◆
それからしばらくの間、俺たちは建物の外でトクトウの指示を待っていた。東の空が、かすかに白み始めている。
わかばは俺の膝に頭を置いて、すやすやと眠っていた。そんな俺たちの隣で、マルクもこくりこくりと、首を揺らしている。
そんなとき、建物の中が騒がしくなった。
「ゆ、勇者様! 魔法石に指示が来ました!」
「来たか」
俺はマルクを起こすと、わかばを預けて建物の中に入った。
檻の中、魔法石が淡い紫の光を放っている。俺はトクトウたちのもとへ急いだ。
「いいか、女は捕らえた。報酬を受け取りたいと伝えろ」
「は、はい!」
しばらくすると、魔法石からノイズ混じりの掠れた声が聞こえてきた。
『上手くいったか?』
トクトウたちは顔を見合わせた。
「あ、ああ。女は捕らえた。報酬を受け取りたい」
『勇者はどうした?』
俺は首を横に振る。
「ゆ、勇者はいない。俺たちが倒しておいたぞ」
『倒しただと? お前たちがか?』
「急にふらつき始めたから、後ろからどついておいた」
『ちっ、勝手なことを。勇者には手を出さず、隙を見て女だけさらえと言っただろ』
「す、すまない。それでどうしたらいいんだ?」
『まあいい、女さえいれば計画に支障はない。日の出とともに、セブンスターの北門外へ女を連れてこい』
「ああ、わかった」
通信が途切れ、魔法石の光が弱まっていく。
わかばさえいれば、計画に支障はない——?
計画ってなんのことだ——?
「お、おい! 俺たちを出してくれるんじゃないのか!?」
「ああ? 朝になったら誰か来るだろ。それまでそこで寝とけやクズどもが」
セブンスターの北門外。そこに、わかばをこんな目に遭わせた奴らが来る。
喚くトクトウの男たちを背に、俺は建物の外へと歩き出した。




