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十一本目 決意

「マルクさん! セブンスターの北門ってどこだ?」


 うとうとしていたマルクは、ビクッと身体を震わせて目を擦る。


「は、はい、案内します!」


 俺はマルクの隣で、すでに目を覚ましていたわかばに目を向けた。


「わかばは、どこか安全なところで待っていてくれ」


「嫌です! 勇者様、私も行きます!」


「でも、もうお前を危険な目に遭わせたくない……」


 わかばは目を伏せた。手にした杖を、ぎゅっと握り締める。


「ですが、私がいなければ相手は現れないかもしれません」


「そ、それは、そうだが……」

「それに……」


 わかばの目に涙が滲んだ。


「もう一人は嫌なんです……」

「わかば……」


 そうだ。

 俺は勇者だ。

 どんな時でもヒロインを守る。

 それが勇者ってもんだろ!


「わかった」


 わかばは顔を上げて俺を見た。


「でも、何があっても俺から離れるなよ」


 わかばの顔に笑みが戻った。


「はい! 勇者様!」




 ◆



 藍色の空がわずかに白み、街に柔らかな光が差し込み始める。家々の煙突からは、細い白い煙が立ち上り始めた。


「急ぎましょう! もうすぐ、夜が明けてしまいます!」


 前を走るマルクの声が飛ぶ。穏やかな朝の光とは裏腹に、北門へと急ぐ俺たちの胸中には、ピリリと冷たい緊張が走り続けていた。


 ——はずだった。


「ちょっと、わかば。走りにくいんだけど」


 わかばは俺の腕に両手を絡め、ぴったりと身体を寄せている。


「え? ですが、俺から離れるなと……」


 そう言いながら、さらに頬まですり寄せてくる。そして上目遣いで俺を見つめた。


「いや、それはそうだが……」


 そのあまりの破壊力に、顔が一気に熱くなる。

 俺は思わず目を逸らした。


 てか、やばい。

 まじで間に合わない。


 道行く早起きの市民たちの「なんだあいつら……」という視線から逃げるように、俺は足を速めた。


「勇者さまぁ、速すぎですぅ」

「えっ? いや、間に合わなくなるよ?」

「で、ですが〜」


 俺はそこで足を止めた。


「マルクさん、俺が二人とも運ぶ! あれやるぞ!」


 マルクは急停止して、振り返った。


「まさか、さっきのやつですか!」

「そうだ! 時間がないから早く!」


 マルクは顔を赤らめて、照れくさそうに頬を掻いた。


「そ、そんなぁ……またお姫様抱っこだなんてぇ」


「お、お姫様抱っこぉ!? 私もしてもらったことないのに!」


「いいから二人とも早く来い!」




 ◆




 結局、俺はマルクを背負い、わかばをお姫様抱っこしながら朝の街を爆走していた。


 途中、何度か視線を感じて腕の中を見ると、わかばが満足そうな顔で俺を見上げていた。


 それから、しばらく走った頃。


「見えてきました! あれが北門です!」


 遠くに、巨大な石造りの城壁が見えてきた。その中央には、トンネルのように街の外へと続く門がぽっかりと口を開けている。


「あの向こうに、トクトウの黒幕が……」


 俺はさらに速度を上げ、北門へと向かった。

 門の内側まで辿り着くと、俺はわかばとマルクを降ろす。


「マルクさん。これまでほんとうにありがとうございました」


 俺は深く頭を下げた。


「ここから先はどんな危険な目に遭うかわからない。だから、俺たちだけで行きます」


「わかりました」


 そう言ってマルクは俺の肩に手を置いた。


「しかし、くれぐれもお気をつけて」


「はい。またいつかちゃんとお礼に行きます」


「それなら今度こそ、オリハルコンの大剣を買ってもらいましょうか」


「ははっ、ぼったくりはやめてくださいね」




 ◆




 俺は、トクトウの一人から剥ぎ取った目出し帽を被り、腕の中で震えるわかばをお姫様抱っこしたまま、黒幕の到着を待っていた。


 やがて——。


 遠くから地面を叩くような重い音が響いてくる。


 目を凝らすと、土煙を上げながら近づいてくる一台の馬車と、それを取り囲むようにいくつかの黒い影が見えた。


「きたか……」

「ゆ、勇者様、あれは!」


 馬車が近づくにつれ、その異様な姿がはっきりと見えてきた。


 馬車を引くのは、首のない黒馬。御者台には、まるで貴族のような服をまとった人型の魔物が座っていた。


 それを取り囲むように、まるで骨格標本のようなガイコツ姿の魔物が四匹、剣を携えて歩いている。


 そして、馬車の側面には、見覚えのある紋章が刻まれていた。


「あれは……魔王軍の紋章」

「私を連れ去ったのは、魔王軍……?」


「わかば、目を瞑ってろ」

「は、はい」


 馬車と魔物たちは、俺たちの目の前でピタリと停止した。


 直後。


 魔法石から聞こえてきたのと同じ、耳障りな掠れ声が車内から響く。


「貴様、一人だけか?」

「ああ、他の連中は先に帰ったよ」


 馬車を囲むガイコツの魔物はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。


「あんたら魔物か?」

「……見ればわかるだろう、愚問だな」


 俺はわざとらしく、馬車の側面に目を向けた。


「その紋章……まさか魔王軍の雑用をさせられていたとはな」


「ふん、光栄に思うがよい」


 馬車の中から、冷笑混じりの笑いが返ってくる。


「ところで、その女がそうか?」

「ああ、そうだ」


 俺の腕の中で、わかばが必死にまぶたを固く閉じ、小刻みに震えているのが伝わってくる。


「その女、生きているんだろうな?」

「もちろん、今は気を失っているだけだ」


 ガイコツの魔物が二体、足音もなく俺の方へ歩み寄ってくる。


「女を渡せ」


 ガイコツが、白い骨だけの両手を差し出した。


「待てよ。なんで、この女が必要なんだ?」


 俺は一歩後退する。


「それは貴様が知ることではない」

「そういえば勇者はどうする?」


 不意に投げかけた問いに、一瞬、ぴたりと空気が凍りついた。


「勇者? 貴様らが倒したのだろう?」

「いや、多分まだ生きてる」


 わずかな沈黙。

 やがて馬車の中から、低い笑い声が漏れた。


「そうか……それはそれで好都合だ」

「好都合? 殺さなくていいのか?」


「ああ、魔王様は勇者を待っておられる」

「勇者を待っている……だと?」


「さあ、これ以上は時間の無駄だ。早く女を渡せ」


 俺はさらに一歩、後ろへ下がった。


「そうだな、これ以上は時間の無駄だ」


 それから、わかばをそっと地面に降ろす。


「貴様、どういうつも——」


 馬車から響く声を無視し、俺は顔を覆っていた目出し帽を乱暴に剥ぎ取った。そのまま地面へ投げ捨てる。


「勇者が生きていて、ほんとうに好都合だったな!」


「なっ、貴様は!」


 ガイコツたちは一斉に剣に手をかけた。


 俺は地面を蹴る。一瞬で間合いを詰め、その勢いのまま先頭のガイコツの額へ頭突きを叩き込んだ。


 ゴツン!


 鈍い音とともに、ガイコツの頭蓋骨が粉々に砕け散る。


「こ、こいつ!」


 残った三匹が一斉に剣を抜いた。


「邪魔だ!」


 俺は目の前のガイコツを鷲掴みにすると、その身体を武器代わりに横薙ぎに振り回す。


 次の瞬間。


 三匹分の骨が、派手な音を立てて地面へ散らばった。


「ひ、ひぃ! 早く馬車を出せ!」


 馬車の中から、さっきまでの威厳が嘘のような情けない声が響く。御者台に座った貴族風の魔物は慌てて手綱を握り直した。


「逃がすか!」


 俺は再び地面を蹴った。走り出す馬車へ追いつき、その側面をぶち破って中へ飛び込む。


 そして中にいた魔物の胸ぐらを掴み、そのまま馬車の外へ引きずり出した。


 地面を転がったそいつは、緑色の肌をした小太りの魔物だった。


「おっ。これ、ゴブリンってやつか」

「お、おい待て!」


 ゴブリンの叫びを聞いても、御者の魔物は振り返りもしない。馬車はそのまま猛スピードで逃げ去っていった。


「お前、人望ねぇんだな」


 俺はゴブリンの胸ぐらを掴んだまま、空いた手の指をポキポキと鳴らす。


「さてと……」

「ひ、ひぃっ!」


「聞きたいことは山ほどある。まず、なんでわかばを狙った?」


「そ、それは……」


 ゴブリンは額から冷や汗を流し、ぶるぶると震えながら言葉を詰まらせる。


「まさかてめぇ、わかばにあんなことやこんなことをするためじゃねぇだろうな? あぁ!?」


「な、なんのことだっ!?」


「あ、ごめんごめん。俺、ラノベの読みすぎで、ゴブリンってそういうイメージしかなかったからさ」


「知らんわ!」


 俺は胸ぐらを掴む手に、さらに力を込めた。


「まあ、そんな冗談は置いといて、本当はどうなんだ?」


「ひっ、わ、私はただ、魔王様に女を無傷で連れてこいとしか言われていない!」


「嘘をつくな。お前、さっき勇者がどうとか言ってたよな? 本当は知ってんだろ?」


「お、女を連れてこれば、勇者は必ず追ってくると……」


「それだけか?」


「な、なぜかはわからないが、魔王様は勇者が来るのをずっとお待ちになっている!」


 俺が来るのを、ずっと待っているだと。


「お前、トクトウの連中に『女さえいれば計画に支障はない』って言ったよな?」


 ゴブリンは固く目をつむった。口もとはかすかに震えている。


「おい、計画って一体なんのことだ?」


「ほ、本当に知らない! 魔王様は、その女の力が計画に必要だとしか……!」


「わかばの力だと?」


「そ、そうだ。勇者を召喚した女さえいれば、最悪、勇者が来ずとも計画に支障はないとしか聞いていない!」


「つまり、魔王の目的は俺を呼ぶか、あるいは新たな勇者を召喚することか?」


「く、詳しくは本当に何も知らないんだ!」


 ゴブリンは両手をパタパタと動かして、必死に声を上げた。どうやら本当にこれ以上は知らないようだ。


「その魔王は、どこにいる?」


「ま、魔王様は魔界フィリップ・モリスにおられる」


 その名前を聞いた瞬間。

 俺の身体が固まった。


「魔界フィリップ・モリスだと……?」


 思わず口元が引きつる。


「いいネーミングセンスじゃねぇか」


 俺は胸ぐらを掴んでいた手を離した。ゴブリンは尻餅をついたまま、必死に後ずさる。


「おい!」

「ひっ!」


「帰って魔王に伝えろ」


 俺はゴブリンを睨みつけた。


「勇者が、すぐに挨拶に行くってな」

「ひ、ひぃぃぃぃ!」


 ゴブリンは悲鳴を上げ、そのまま一目散に走り去っていった。俺はその背中をしばらく見送ってから、わかばの方へ振り返る。


「もう大丈夫だぞ、わかば」

「はい、勇者様!」


 計画の全貌までは聞き出せなかった。

 魔王は俺を待っている。


 そして、俺が行かなくても、わかばが持つ、勇者を召喚する力さえあれば計画は進められる。


 一体、何をするつもりなんだ?


 でも、今はそれよりも。


「わかば、ほんとにごめんな」


 俺はまた頭を深く下げた。


「も、もう大丈夫ですよ! 顔を上げてください!」


 俺はゆっくりと顔を上げた。


「わかば……」

「はい?」


「俺、タバコやめるわ……」

「え?」


 それから、黙ってステータス画面を開いた。

【精神安定スキル:発動中】


【精神安定スキルを削除しますか?】

 ※この操作は取り消せません。


 YES / NO


 YES

【精神安定スキルを削除しました】

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