十二本目 勇者様の弱点!?
「そういえば勇者様!」
「なんだ?」
「あの魔物に言っていた、あんなことや、こんなこととは、一体どんなことですかぁ?」
「は? なんもねーよ」
俺は慌てて視線を逸らした。
「では、なんであんなにも怒っていたのですか?」
視界の端で、わかばがニヤリと楽しそうに笑っている。
「お前……意味わかってるだろ」
「ふふっ」
「ほら、くだらないこと言ってないで、朝飯でも食いに行こーぜ」
「はい! 勇者様!」
残金:三百ゴールド
◆
セブンスターに戻った俺たちは、朝の活気に満ちた市場へと向かった。
「勇者様! ここなら、安くて美味しいものがたくさん食べられますよ!」
石畳の両脇には、見たことのない珍しい魚や果物、それから色とりどりの野菜が並ぶ露店が続いている。
「とりあえず適当に見て回るか!」
それから、俺とわかばは人混みをかき分けながら市場を回った。けれど、進むにつれて、俺の視線は食べ物よりも別のものに向いていく。
かまどの薪が燃える煙。
肉や魚の油が燃える煙。
煙……煙。
途端にめまいが俺を揺さぶった。
「だ、大丈夫ですか!」
ふらついて倒れそうになる俺を、わかばが慌てて支えてくれる。
「ああ、問題……ない」
「……勇者様?」
「どした?」
「ほんとうに、お身体はもう大丈夫なんですか?」
「もう、大丈夫だよ」
「昨日の夜も、急にふらついたので心配していました」
「昨日の夜……」
その言葉に、俺の足はぴたりと止まった。
色々ありすぎて忘れていたが、そういえば、なんで俺の勇者スキルは勝手にロックされたんだ?
あれから、当然タバコは一本も吸っていない。
けれど、ステータス画面には確かに「阻害物質を検出」と出ていた。
阻害物質は、ニコチンだったはずだ。
俺は知らず知らずのうちに、タバコ以外の何かから、ニコチンを身体に取り込んだのか?
そのとき、少し離れた露店の人だかりから、威勢の良い声が飛んできた。俺たちの視線は、自然とそちらへと向く。
「なんだあれ?」
「さあ? なんでしょうか?」
わかばは俺の袖を掴んだ。
「行ってみましょう!」
「お、おい! ちょっと」
わかばは袖を引っ張りながら、目を輝かせてその露店へと向かった。
「さあ! 安いよ安いよ!」
露店の近くに来ると、人だかりの中心で店主が声を張り上げている。
「くそっ、人が多すぎて見えねーな」
「そ、そうですね〜」
わかばは俺の隣で、必死に背伸びをしていた。
「仕方ない。わかば、俺の肩に乗れ!」
「え? え?」
「ほら、早く!」
「は、はい!」
俺はその場にしゃがみ込み、わかばを肩に乗せて立ち上がった。
「わぁ! 勇者様、すごくよく見えます!」
頭上から、わかばの元気な声が聞こえてくる。
だが、俺の意識はすぐに、両頬に触れる柔らかく温かいものに移っていた。
「そ、そうか……」
「勇者様? どうしました?」
「な、なんでもない……」
俺は必死に前だけを見つめた。
そのとき、人混みに押された反動で、わかばがバランスを崩した。
「きゃっ!」
むにっ。
「ぐおっ!?」
わかばの太ももが、俺の顔を左右からぎゅっと挟み込んだ。
「ご、ごめんなさい、勇者様ぁ」
「だ、大丈夫だ」
おいおい勘弁してくれよ。
タバコを我慢するより、よっぽど精神力がいるじゃねぇか!
「と、ところで何が見えるんだ?」
わかばは、目を細めてもう一度露店を見つめた。
「う〜ん、野菜……ですね」
「野菜? なんだ、野菜の安売りか」
「そのようです! ええっと、ナスにトマト、あとはジャガイモですね!」
ナスにトマトにジャガイモ……どこかで聞いたような並びだな。
俺は腰を屈めて、忍耐の時を終わらせた。
「え? もう終わりですかぁ?」
「も、もう要件は済んだだろ」
わかばはぷっくりと頬を膨らませて、不満げな顔をしていた。
「てか、この野菜たちがなんでこんなに人気なんだよ!」
俺がそう言うと、すぐ後ろから女の人の声が返ってきた。
「あら? あなたたち、知らないの?」
「ん?」
振り返ると、買い物かごを抱えた女の人が、不思議そうにこちらを見ていた。
「どういうことですか?」
わかばが首を傾げる。
「その野菜、今までは収穫するとほとんど魔王軍に持っていかれてたのよ」
魔王軍。
ああ、あのお料理教室のことか。
「農家の人たちは自分たちで食べる分くらいは残せたみたいだけど、市場にはほとんど出回らなくてね」
「でも、俺たち昨日トレジャラー・ブラックで山盛りのポテト食ったぞ?」
「ああいう超高級なお店には、少しだけ流れてたみたいよ。でも、私たちにはなかなか手の届かない食べ物だったの」
「へぇ……」
俺は改めて、人混みの向こうを見る。
「それが、なぜかわからないけど、最近になって急に市場へ出回り始めたのよ。珍しいから、入荷してもすぐ売り切れちゃうの」
「それって、もしかして……」
俺とわかばは顔を見合わせた。
それから、わかばが嬉しそうに頬を緩める。
「ふふっ。勇者様のおかげかもですね!」
「じゃあ、お前んちでナスをたらふく食ったのは、結構贅沢だったんだな」
「最初、勇者様は嫌がってましたけどねぇ」
「あ、あれは量の問題だよ……」
女の人と別れたあと、俺はもう一度露店へ目を向けた。
ナス、トマト、ジャガイモ。
魔王のお料理教室で使っていたのも、この三種類だった。まあ厳密にはナスは葉っぱだったが。
それと、あの魔物が妙なことを言っていた。
——野菜には、世界を揺るがすほどの魔力が込められている。
「……わかば」
「はい?」
「ナスとトマトとジャガイモ。この三つって、なんか共通点あるか?」
「共通点……ですか?」
わかばは少し考えてから、すぐに答えた。
「全部、ナスの仲間! ナス科の植物ですね!」
「ナス科……?」
待てよ。
そういや、タバコもナス科じゃなかったっけ?
昔、ネットで見たことがあった気がする。
そして、俺の勇者スキルをロックした“阻害物質”はニコチン。
もしかして——。
そう思ったとき、すでに俺の足は動いていた。
「ち、ちょっと通してくれ!」
目の前の人混みを無理やりかき分けて露店へ向かう。
「ゆ、勇者様!? 一体なにを!」
露店の前まで辿り着いた俺は、並べられていた大きなトマトを一つ手に取った。
「これ! 一つくれ」
「まいど! トマト一つ——」
店主が言い終わるより前に、俺はトマトにかぶりついていた。
みずみずしい酸味と、ほのかな甘味が口いっぱいに広がる。俺は二、三度噛んで、そのまま飲み込んだ。
そのときだった。
【勇者スキル:LOCKED】
【阻害物質を検出】
【勇者スキル再解放まで、残り八分】
やっぱり。
昨日と同じだ。
つまり、タバコと同じナス科のトマトにも、ニコチンが含まれているってことか。
ってことは——。
昨日の夜、俺の勇者スキルをロックしたのは、トレジャラー・ブラックで食べたジャガイモか!
いや、待てよ。
そもそも、なんで魔王はナス科の植物ばかり集めてるんだ?
まさか——。
そこまで考えた瞬間、不意に露店の店主の声が聞こえてきた。
「あ、あの〜」
「ん?」
俺はかじったトマトを片手に振り向く。
「お代、払ってもらえます?」
店主の目は、トマトに向けられていた。
「お代……あっ、す、すみません!」
俺の慌てた様子を見て、わかばは鞄の中から財布を取り出した。
「いくらです?」
「トマト一つ、三百ゴールドです!」
【勇者スキル:LOCKED】
【勇者スキル再解放まで、残り七分】
残金:0ゴールド




